//魔法都市望郷//
civilization metaphar
恐らくは、『無限に増殖する欲望』や『無限の領域と同居する管理社会』などへの警告として、物語上の魔法都市、未来都市等の仮想空間は頻繁に壊滅させられる。それは単に、シナリオ上のプロットとしてこういう設定であるほうがより深みのある世界観を打ち出せるから、という技術的な理由を超えて頻繁に現代人を引付けるネタであるように思う。そしてそのことへの説明として、決まって『人間の分を超えた』『自然ではない』などという言説が繰り返される。
でも変じゃないか?ここ(自然界)のルールは確かに存在し、それに則って初めて魔法都市の建設は可能となる。その為に、それが完成した段階で既にルールは遵守されているはずなのだ。そして『人間の分(限界)』の概念は……定義は、一体誰に出来るのだろうか?
たぶんここで本当に考えねばならないのは、さしずめ世界を変えなければ生きられない自分達の運命と、それでも世界へ与えるダメージを最小限にしておきたいと願う心理であろう。こういう優しい人は、やはり魔法都市の崩壊を望むだろう……その結果、自分達が永久に地面に縛られ続け、運命にがんじがらめにされても。
私は違う。このどうでもいい固定した社会や下らない自然のルールに、生きる最低限を除いて、自分を添わせる必要など感じない。全ては安定し決まり切って、実際には根拠に欠けている妙な秩序が優勢で、そして精神の自由が死んでいるからだ。本当のところ、我々が真剣に追及すべきなのは、下らない我々が少しずつ下らなくなくなる『新手の欲望』なのではないのか?肉体を持つ精神体として、我々は一人の例外なく一定の時期を過ぎた時点でこの世界から追い出され消されるのだ。そうなる前に全ての可能性を追求することさえためらう必要など、何処にあるというのか?
だから私は魔法都市を支持する。『自然』に復讐されそうで空恐ろしいが……、でも『自然』が『意志』を嫌うなら、はじめからそんな危険物を生み出さなかった筈だ。「自由意志」がどうせ感じるよりほか何も出来ないかりそめのものでしかない、などという俗説を破る為に、意志はもっと物騒であってもいい。願わくば他者への迷惑だけはかけない範囲で、などと不条理に祈りつつも。