Linda SS「終わらない日々」

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 「ケェン! この仔ー、完全に弱っちゃってるわよー?」
 みゅぅ。親とは似ても似つかない可愛らしい声で、ウニの仔が鳴いている。
 でも、俺も忙しいのだ。
 「そんなの知るかよ! どうせそいつも餌がなかったんだろ」
 俺は手元の雑草をネズミに食わせていた。美味そうに頬張ってやがるのを確認。チェック。
 チェックリストはあと3分の1ほどで、今日の分が埋まりそうだった。
 これが終われば、今日は美味いもん食って寝るだけ。
 そんなささやかな幸せを感じていたのに。これ位の楽しみをも、ウニは捨てろというのか?
 予定外のトラブルの発生の予感に、俺はがっくり来ていた。
 「何、弱音はいってんのよー。あんたが何とかしなさいよー」
 そう遠くで怒鳴るリンダも、箱舟の中で動物の検診中だ。あいつも忙しいんだろう。
 でも俺もやることは多いのだ。労働は共に果たしてこそ、夫婦同権だろう?
 「なんっで俺が……うわ、いつ後に」
 瞬間移動したとした思えない速さで近寄られ、黙って淡々と関節技。
 ご丁寧に前より上達してやがる。なんというか、骨が歪みそうだ。
 「わかった? 逆らうとこういう事になるんだからね?」
 「すぐに身体に訴えやが……いた、あががが、」
 しかたない。今逆らうと、脱臼しかねない。
 方法は判らないものの、どうにかしてコイツの世話をしなきゃならんな。俺は立ち上がると、ウニの仔を抱きかかえて餌を探し始めた。
 地球独特の「夕方」という光が、疲れた身体と目に有り難かった。


 ケン君とリンダちゃんは、たくさんの動物達と新しいお星さまへ行き、そこで末永く幸福に暮らしましたとさ。リンゴーン。7つの鐘。end.
 ……そんな現実など、あるわけがないのだ。
 ハッピーエンドを迎えた二人だからといって、その後まで自動的に幸せが続く筈などがない。
 特にこの星の現実は、ネオケニア産の動物達にとっては酷いものだったから。
 植生が違う、気候帯が違う、そして一切の動物がいない。この苛酷な環境を舞台に、コイツらは何とかして生きていかねばならないのだ。それも俺達の意志で、何とか生かさないとならないのだ。それが父さんへの餞だから? そうすることが連邦政府の指示だから? 俺達から「何故」が消えて久しい。これは俺達の意味不明の意地になっているからだ。
 まぁ、でも。俺達が持ち込んだ動物は数多いし。
 俺はせめて、そう楽観視する事にしていた。


 「餌は見つかったの?ケン」
 「わかんねぇや。コイツ、どれ見せたって食い意地を見せねぇんだもん」
 手持ちのウニがふるふると首を振っている。「食えるかこんなの」と顔に書いてある。
 俺はカチンと来てウニを裏返し、腹をくすぐる。じたばたじたばた。
 「何言ってんのよ。そこを上手に見抜くのが、ネオケニアの誇る元レンジャーでしょうが」
 こんなの、レベル2にでもなれば回避せるでしょ? と言った時の声色でリンダがなじる。
 でもこればかりは本当にどうしようもないのだ。彼女も本当は、それは判っている。
 「レンジャーはもう関係ないって。あっちの草と違うもの生えてりゃ、判るもんも判んないだろ」
 「ひっどぉい……あの子達と同じ運命を辿らせる気?」
 顔色が変わる俺。
 自分で意識して、自分を制止するので精一杯になる。
 「……その話、禁止な」
 リンダも空気を察した。
 「あ……うん。ごめん」
 見る間にしおしおに変わる彼女。彼女まで落ち込む必要はないのだ。寧ろ彼女は怒っていてもいい筈だった。
 自分自身が空しくなるのを防ぐ為に、強引でも解決策を見つけなきゃいかんという気になる。
 内心慌てつつ、そんな動揺を見せないように注意しながら提案する。
 「ネズミみたいに、凄え勢いで繁殖してる奴でも食わせてみるか」
 「この際だもの。しょうがないわね」
 直後、申し合わせたように目であいづちを打つ。そして変身。
 さっきまで草を食んでいたネズミが、急に自分を狙う「殺意」を感じ凄い速さで逃げようとする。でもウサギに化けたリンダ、トンボに化けた自分の速さの敵ではなかった。
 「ネズミは、飛び散った……!」
 「何ひとりでナレーターやってんだよ」
 楽しそうに決めポーズをする彼女を後ろに置いて、俺は地味に分解された肉片を集める。


 美味そうにネズミを食べるウニを尻目に、俺も今日の飯を食らう。
 この瞬間のために生きているようなものかも知れない。それほど食事が美味いのだ。
 母さんのバナナミートパイの味など忘れて久しい。ベンの淹れるコーヒーの味も。
 リンダも、恥などという語彙を知らないかのごとく、鬼神の面持ちで食事を摂っていらっしゃる。ヒュームが見たら嘆くだろう。……だが、普通の女がやったら吐き気がしそうな光景なのは間違いない筈なのが、彼女がやると不思議に見ていて飽きない。
 「はぁ、食った食ったぁ」
 「……お前、食い過ぎ」一応からかってみる。
 「何でよ? ケンだって、それくらい食べてるでしょ」
 「男と女では基礎代謝量が違うの」
 「でもケンは大して動いてないでしょ? 私は忙しかったの」
 「俺も忙しいの。そりゃ大して変わんないって」
 「文句言わないの。これが一日の楽しみなんだから」
 「お前もか。よくよく気が合うよな」
 「本当ねぇ」
 すっかり夜の帳が下りた世界。古ぼけたブランコに乗って、この星の夢を語っていたあの頃と違うのは、虫の音が聞こえない事ぐらいだ。草が風に吹かれ、さらさらいう音のようなものしか聞こえるものはない。我々の他に動物のいない、優しいが淋しい世界の歌。
 「人間が食べられる植物は、もう結構判ってきたけどな」
 「そうね。満腹してられるのって私達くらいかもね」
 「あいつらは……しょうがなかったんだよな」
 「そうね。あの子達きっと、昔の箱舟にはいなかったのよ」
 ネオケニア新種。この星に来て最初の犠牲者は彼らだった。
 仮説だが、名前のない種は、実はネオケニアの長い歴史が生んだ変種だったのかも知れない。
 他の生物は箱舟の培養システムに名前が固定で登録されているのに、ネオケニア新種だけは名前を書き換えられたから。
 そう考えれば、名のついていた種と違って、歴史の最初から存在した種ではない可能性は確かにあった。でも。
 「しょうがなかったんだろうけど、ごめんな。やっぱり見殺しにしたのは、俺の」
 「はいストップ! 止めないと新必殺技の餌食にするわよ」
 「……お前といると、落ち込んでる隙もへったくれもあったもんじゃないのな」
 「せいぜい感謝しなさい。憂鬱は、もっと裕福になってから勝手にやってて」
 「その頃には私は可愛い動物と暮らしてるからぁ、ってわけか?」
 「判ってきたじゃない」
 こんなだから俺は、コイツが世界で一番好きなんだろう。粗野な優しさが嬉しかった。


 持ってきた最後のティッシュを消費してしまうと、後は本当に寝るだけだった。
 「これでまた、文明の利器とはお別れしたわけか」
 「……さみしい……?」
 「ん? なんか言ったか」
 「……さみしい?」
 「お前はどうなんだよ」
 「……さみしくないよ」
 「本当か? 最近生活に疲れてるんじゃないのか?」
 「……でも、ケンがいる」
 きゅっ。
 「俺は、あの飛ぶ動物の代わりにはなれないぞ」
 「……ばか」
 繋ぐ手の力が増す。「……そんなの、かんけいないよ」
 「そっか。馬鹿っぽい事言った。悪い」
 「……わたしは、ケンも、くさるのをみとどけられるのよ」
 「俺がお前の腐る姿を拝むのかも知れないぞ」
 「……わたしよ」
 「そうかもな」
 「……かんたんにみとめないでよ」
 「そんな先の話、どっちでも良いんじゃないのか」
 「……よくない」
 ちょっとの時間差を置いて、深い疲労が俺を襲う。リンダの横に並んで寝そべる。
 しかし何と原始的な生活なんだろう。野生環境で起きて、食べて、寝て。また起きて。
 俺はコイツに引き摺られて、こんな生活をする羽目になったわけだ。彼女と何処までもひとつになる生活。
 「腐るのを見届けられる、か」
 それはどう考えても、文明発展地域では不可能な真似だ。死でさえ管理されているから。
 「俺も、寂しくはないよ」
 明日も、明後日も、単調な食料探しと動物の管理に追われるんだろう。だが俺には。
 「一緒に腐ることにするか。って、もう寝たのか?」
 「すぅ……」
 「馬ッ鹿。どっちでも良い話じゃないって言ってた癖に」

 何も隔てるもののない夜空の星は、確かに牛乳を流したように見えた。


12/20/99



後書。

 『短い小説』を書く作業は昔は頻繁にしていたものだったが、最近全然書いていなかったなぁと思い、リハビリを兼ねてこんな文章を書いてみた。飽くまでショートショート(以下SS)しか信じていないのは、長編を書くような根気も必然性も自分の内側に当たらなかったから(最近、少しずつ少しずつ書き溜めているネタがあるけど。中篇向けで)。

 そんな事情はさておき、このSSでは一度書いてみたかった「リンダキューブ」の「エンディング後」を書けて幸せである。動物達の気味悪さ、シナリオのエゲツなさ、システムの自由度、世界観のへたへたな感じに隠れている(ゼッタイわざと隠したに決まっている)が、このゲームほどラブラブな世界は他のメディアも含めてそうそう存在しないから、このゲームは素直に好きだ。

 SSではケン君のウジウジ・優柔不断がちょっと強く出過ぎかとも思うが、幸せなカップルの幸せな末路を表現するにはこんな攻め方するしかないし許可。本編でも、リンダの快活さは実はケンの癒しにこそ使われている場合が圧倒的に多い。主人公が落ち込みそうな局面で、絶妙な加減でヒロインのたかが知れてる暴力が走るというパターンは割と多く見られるお約束の展開だけど、単体でリンダが置かれたら実は不幸そうな影が見え隠れする、とまでラブラブ感を強調してる物語は多くはないだろう。ほんとうの意味でリンダは強いのではなく、飽くまでケンを愛するがゆえに無理して背伸びするのだ。ケン君は判っちゃいねぇケド。

 最後に、死後の死体処理などというグロいけどラブラブな設定を持ってきたのは、ある種の祈りです(謎)。

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