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2008年12月30日(火) 10時06分

振り込め詐欺撲滅に秘策はあるか 「給付金」手口も登場産経新聞

 振り込め詐欺の被害が過去最悪のペースで推移している。警察庁は被害抑止の一大キャンペーンに打って出るなど対応に躍起だが、政府が来春に予定している定額給付金の支給をかたって送金操作をさせようとするなど、新たな手口も登場している。肉親の情につけ込み根こそぎカネを奪う許し難い犯罪は、いまや深刻な「治安問題」。撲滅に向け事態は正念場だが、秘策はあるのか−。(加藤達也)

 振り込め詐欺の被害が出始めたのは平成15年夏ごろからだ。被害は急速に拡大し、警察庁によれば、16年8月には認知件数2964件、翌9月には被害金額38億9200万円と、それぞれ最悪を記録し、第一次ピークを迎えた。

 同年12月、銀行口座開設時の本人確認を厳格にした改正本人確認法が施行、17年5月には携帯電話の不正入手を禁じる携帯電話不正利用防止法が一部施行された。

 金融機関窓口での注意喚起や詐欺に使われた現金書留送付先の公表、ATMでの口座間送金を10万円に制限するなどの対策が相次いで実施されると、19年1月には、認知件数985件、被害額は10億9900万円と最低の水準になった。

 だが、一連の年金問題が表面化し、「年金の還付金」をかたる還付金詐欺を中心に再び被害が増加。今年4月には33億2700万円の第2次ピークに。

 警察庁では6月、安藤隆春次長をトップとする「対策室」を設置。金融機関や携帯電話事業者、民間ボランティアなどと協働しての対策に着手した。ATM周辺への制服警察官派遣など封じ込め策の効果もあり、被害は減少傾向にある。

 だが、まだまだ状況は予断を許さない。

 全国の警察本部の摘発や防止策を指揮、調整する金高雅仁警察庁総括審議官は、事態をどうみているのだろうか。

 −−振り込め詐欺の発生状況は?

 「今年上半期は平成17年以降、最悪でしたが、後半は取り締まりや官民挙げての予防活動を展開し、11月にはピーク時の半分になりました。しかし、1カ月に約12億、約1000件の被害が続いている。今は社会全体で被害に急ブレーキを踏んでいる状態。これから数カ月が撲滅への道筋を付けられるかどうかの正念場です」

 −−10、11月の被害はかなり減りましたね

 「しかし、今年1月から11月までの被害額は、昨年1年間を上回る263億円に上っています。このまま推移すると、過去最悪だった16年を上回る可能性があります。263億円という額は、今年1月から11月までに認知したすべての窃盗と強盗の現金被害額の合計より多い。依然として大きな治安問題です」

 −−どんな手口が目立ちますか

 「いま警戒しているのは、政府が来春に予定している定額給付金の支給をかたる手口です。伝えられている予定では金額で2兆円規模。全国約1800ある区市町村で手続きが行われ、給付金が支給されます。いまはまだ手続きも決定されていない段階ですが、既に『少し早いですが、うちの町ではこうなりました』と、ATMに誘導、送金操作をさせようとする事例が散見されており、警戒が必要です」

 −−送金手段にも変化がありますね

 「還付金詐欺については、11月は1日あたり約2件と、ほぼ封圧。しかし、金融機関を通じた送金がやりにくくなったこともあって、今度は現金を直接送金させる手口にシフトしてきた。郵便局のエクスパックを含む郵送サービスなどの現金送金を使った被害は、今年の3月から6月の8%程度から、10月には全体の18%に増えています」

 −−どんな人が被害に遭いやすいのですか

 「傾向が特に顕著なのが、オレオレ詐欺と還付金詐欺です。オレオレ詐欺の被害者の85%、還付金詐欺の74%が60歳以上。その7割が女性です。また、ある県警の調査によると、オレオレ詐欺の被害者の56%が県外に住む子供や孫をかたる手口の被害に遭っています。つまり、子供や孫と離れて暮らす高齢の女性が主たるターゲットになっている。融資保証詐欺については、年齢層は30〜40代が主流ですが、経済環境の悪化からか、最近は中小企業の経営者が資金繰りの関係で被害にあうケースが目立ちます」

 −−家庭崩壊などの2次被害を受ける被害者もいますね

 「被害者の話を聴くと、極めて不幸な状態になっている人がいます。カネを巻き上げられたうえに、だまされたことを家族から責められたり、家庭や親(しん)戚(せき)関係が壊れたり、ノイローゼになったケースも。情愛につけ込む許し難い犯罪です」

 −−同じ人が何度も被害に遭うケースも少なくないようです

 「犯人は取れるところからとことん収奪しようとします。オレオレ詐欺であれば、まずは息子などをかたり『会社のコンピューター操作をミスしてデータを漏らしてしまい損害が出てしまった』−などというストーリー。そして一度、金をうまくだまし取ると、今度は『実は、情報のなかに他社のデータも含まれていて損害が広がってしまった』とか、『情報が暴力団に流れて金を要求されている』などとたたみかけ、不幸をどんどんふくらませる。子供や孫の会社のことなど高齢の母親はよく分からない。そこにつけ込んで、『とにかくなんとかしなければ』という気持ちを大きくさせて、次々に要求していきます」

 −−被害者は心理的に追い込まれる

 「悩みを抱えて自分を追い込む前に家族や警察、周囲の人にまず確認、相談をしてもらいたい」

 −−被害防止策は?

 「ある県での話ですが、今年の8月から、約1万人のボランティアと警察が協力して高齢女性が住む約35万世帯を100日間で戸別訪問。振り込め詐欺犯が電話でだましている場面の音声を聞かせて被害防止を働きかけたところ、訪問先の高齢女性からはいまのところ1人の被害者も出ていないという事例もあります。このように市民の力は大きい」

 −−金融機関など事業体の役割も大きいのでは

 「金融機関については、本人確認の徹底、ATM周辺で携帯電話使わせない対策、窓口での声かけ。異常取引を監視するシステムを導入した金融機関もある。携帯電話事業者、コンビニ事業者、郵便事業者などでもそれぞれに取り組みが進んでいます」

 −−振り込め詐欺犯の犯人像は?

 「今年前半の統計では、容疑者の7割が20代以下、8割5分が34歳以下。カネになればなんでもやるという拝金主義に凝り固まった連中が中心です。元ヤミ金や元暴走族が中核を占めるグループが多い。一部にはだまし取ったカネが暴力団に流れていたというケースもある。カネは高級なクルマや時計、風俗での豪遊などでどんどん使う。これで飯を食っているプロです」

−−企業のように大がかりに組織化されたグループも摘発されていますね

 「大組織であれば、傘下のどこかがつぶされても、上は生き残れる。上にいる人間はいわば経営者として、下の者を働かせて多額の上納金を吸い上げてもうける仕組みがある。そういう組織は一網打尽にしないと、ノウハウや資金をもった上の者が生き残ってまたどこかでグループを立ち上げる」

 −−捜査、取り締まりの課題は?

 「警察内部の部門間の協力や事業者団体などとの協働による予防態勢を強化していくことです。たとえば、取り締まりでは知能犯捜査部門だけでなく、全部門の捜査や情報の力を結集し、詐欺の中心メンバーを徹底的に検挙すること。道具屋、出し子については、今年新たに試みた写真公開やおびき出し捜査などの捜査手法を積極的に活用していく。また、検挙だけではなく、犯人が犯罪に使う道具を無力化することも大切です。ATM(現金自動預払機)周辺の対策でも、金融機関が被害防止システムを導入しているし、現金送金の被害を防ぐため、郵便局のエクスパックや私設私書箱対策も重要」

 −−振り込め詐欺対策として来年、警察に何が求められると考えますか

 「私は、振り込め詐欺の撲滅は可能だと思う。この犯罪は泥棒とか強盗、殺人と違って、だまされなければ起きない犯罪です。それには国民全体の意識レベルを、絶対にだまされない水準まで引き上げることが必要。そのためには民間団体との協力です。また今年10月にはATMの警戒に最大1日で5万9000人の警察官を動員し、取り締まりでは月別過去最多の検挙者を出した。必要ならばまたやります。警察に最も求められているのは、犯人を検挙することですから」

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