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2008年12月28日(日) 16時32分

【週刊ハリウッド】イーストウッドはなぜモン族を取り上げたのか産経新聞

 ベトナム戦争中に米軍に協力したとして母国ラオスを追われ、米国に移り住んだモン族の人々のあいだで、1本の映画が特別な注目を集めている。クリント・イーストウッド監督の最新作「グラン・トリノ」。アカデミー賞ノミネートも有力視される話題作であると同時に、「モン族を取り扱った初めてのハリウッド映画」でもあるからだ。

 「グラン・トリノ」は、時代に取り残されたような中西部の街を舞台に、朝鮮戦争への従軍経験を持ち、頑固で、人種主義的でさえある老人(イーストウッド)と、近所に移り住んできたモン族の人々との衝突と和解を描く。

 ゴールデングローブ賞では最優秀歌曲賞へのノミネートのみとやや期待はずれの結果に終わったものの、各メディアでの評価は依然高く、同じくイーストウッドが監督し、アンジェリーナ・ジョリーが主演した「チェンジリング」よりもむしろ有力なオスカー候補と目されている。

 イーストウッドといえば、「硫黄島からの手紙」(2006年)で旧日本軍を取り上げたことが記憶に新しい。そこでの「日本」の描かれ方は、多くの日本人の注目を集めた。

 「硫黄島」に批判がなかったわけではないものの、「サユリ」(2005年)などにみられた途方もないデフォルメと比べれば、はるかにまじめに、また公平に日本を描いたという評価はできるだろう。

 では、「グラン・トリノ」でのモン族の描かれ方はどうか。

 制作を前に、モン族社会には「よくある紋切り型のストーリーをなぞるだけではないか」との懸念が広がったという。作品の考証を担当したモン族の女性は「モン族を悪役にした“ダーティー・ハリー”シリーズの焼き直しではないか、と恐れた」と述懐している。

 加えて、「モン族の映画といっても、ほかのアジア系俳優によって演じられるのではないか」との不安も広がった。モン族出身の俳優は、ハリウッドにはほとんどみあたらないからだ。しいていえば、モン族の父親を持ち、ディズニー系のシチュエーション・コメディーで活躍するブレンダ・ソンくらいだが、彼女にしても、モン族のアイデンティティーを前面に出した役柄を演じることは皆無だ。

 しかし、イーストウッドは中国系などでお茶を濁すのではなく、米国に暮らすモン族の中から素人同然の出演者をオーディションで選ぶ方法を選んだ。そうした努力は、モン族社会にも好意的に受け止められた。

 実際には、イーストウッドがモン族をめぐる問題に特別な興味をもっていた、というわけではなさそうだ。ロイター通信によると、イーストウッドは、「チェンジリング」の後、すぐに南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領を主人公に据えた次回作に取りかかる予定だった。その制作が延期となり、たまたま脚本が持ち込まれて目にとまった「グラン・トリノ」に取り組むことになったという。

 しかし、いきさつはどうあれ、「グラン・トリノ」は、「移民の国」米国でも最後発の民族社会の一つにあたり、激しいあつれきにさらされ続けているモン族社会にとって、歴史的な作品となるだろう。

 出演者の一人のモン族女性は、「イーストウッドは奇跡だ。これまでだれも、私たちの物語に耳を傾けようとなんかしなかったのだから」と感激を交えて語っている。

 「グラン・トリノ」は、日本では2009年春公開予定。(ロサンゼルス 松尾理也)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081228-00000532-san-int