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2008年12月28日(日) 12時38分

全国学力テストの成績公表 序列化か、カンフル剤か産経新聞

 全国学力テストの市町村別と学校別の成績一覧の公表をめぐり各地で賛否が渦巻いている。「序列化を招く」としてストップをかけたい文部科学省と、「学力向上へのカンフル剤になる」として公開を進めようとする大阪府の橋下徹知事ら一部の知事たち。その構図は、まるで「中央」対「地方」にもみえてくる。対立点は何か、そして、本当に子供たちのためになる選択は、どちらなのか−。

■秋田の衝撃

 「大変心重いが、平均正答率を公表させていただく」

 12月25日、秋田県の寺田典城知事は、全国学力テストの県内市町村別成績を公表した。10月に大阪府の橋下徹知事も市町村別成績を公表したが、それは公表を希望しない市町村を塗りつぶしたもの。全市町村教育委の反対を押し切り、しかも情報公開条例によらずに知事が自分の判断で公表したのは、異例中の異例といっていい。

 寺田知事は「公教育はプライバシーをのぞいて公開が基本」「県の成績が公開されているのに市町村が公開されていないのは不合理」「教育関係者に独占され、県民はもちろん一般の先生方にさえ知らされていないことは誠に残念」の3点を理由に挙げた。

 これに対し、市町村教委は一斉に反発。塩谷立文科相も翌26日、「知事にそんな権限があるのか」と批判した。「公開されるケースが多くなれば、場合によっては対抗する法律を作ることも考えなければならない」。塩谷文科相は、公表の動きに法律でストップをかける可能性にまで言及した。

■情報公開VS教育的配慮

 これに先立つ18日、鳥取県では来年度からの全国学力テスト市町村別・学校別成績の開示を可能にする情報公開条例の改正案が可決。埼玉県でも24日、県情報公開審査会が、市町村別と学校別の成績について「開示すべき」と判断し、県教育委員会に答申した。

 こうした動きに対し、塩谷文科相は26日、「公表をめぐって『教育的な配慮』と、『情報公開のための公開』という異なる議論が交錯している」との現状認識を示し、「情報公開条例に対し、実施要領は無力だ」と嘆いた。

 すべての“震源”となっている実施要領の配慮事項には、こう書かれている。

 「都道府県教委は、市町村名・学校名を明らかにした公表は行わない」「市町村教委は、個々の学校名を明らかにした公表は行わない」

 24日に決定された来年度の実施要領では、さらに、国から成績データの提供を受けた都道府県教委がそれを第三者機関に提供する場合、提供先も実施要領を守るのが前提という項目が加わった。大阪府の橋下知事や、秋田県の寺田知事は府県教委から提供された成績データを公表しており、知事たちに実施要領の網をかけるのが狙いだ。

 「知事を縛るつもりか」。文科省の“規制強化”方針が伝わった15日夜、橋下知事は早速反発し、翌16日には「文科省は本当にバカ。選挙で選ばれた文科相以外は全員、入れ替わった方がいい」と激しく批判した。

 18日には文科省を訪れ、萩生田光一政務官と会談。「(結果公表以降も)大阪では過度な競争とか、序列化は起きていない」と強調。萩生田政務官は「バカ」発言について「職員がショックを受けている」と撤回を求めたが、橋下知事は撤回しなかった。

■43年前の“あやまち”

 実施要領では、市町村や学校が自主的に自分の成績を公表する場合でも、結果を受けてどのような教育改善策を行うかも併せて示すことを求めている。数字が独り歩きしないよう、細心の注意を払うべきという姿勢だ。

 文科省はなぜここまで「序列化」「過度の競争」の懸念にこだわるのか。担当者らが必ず引き合いに出すのは、平成18年3月の小坂憲次文科相(当時)の国会答弁だ。

 「過去にあった学力調査における意見として、自校の成績を上げるために学力の差のある生徒に対して受けさせないというような事例が生じたりという弊害が指摘をされたこともあります」

 全国学力テストは平成19年4月、43年ぶりに実施された。復活に当たって、国会や有識者会議では以前の「過度の競争」を繰り返さないための慎重な議論が繰り返され、その結果が実施要領の配慮事項に集約されたという経緯がある。

 文科省としては「成績開示に踏み切る自治体が出てきても、実施から2年で早々に変えるわけにはいかない」(同省幹部)という事情があるのだ。

 さらに、成績公表基準をゆるめようとしない理由の一つには、橋下知事ら「公開派」の声が、教育現場ではノイジー・マイノリティー(声高な少数派)に過ぎないという現実がある。

■現場は「公表しないで」

 全国連合小学校長会の池田芳和会長は、文科省の有識者会議で、都道府県が各市町村の結果を公表することについて「数値だけが独り歩きし、結果だけが尊重されがちになる」と危惧した。全日本中学校長会の壷内明会長も足並みをそろえ、「学校名を明らかにした公表は序列化を招くだけだ」と訴えた。

 こうした不安は現場にも根強い。関西地区の小学校教諭の女性は「多くのデータから、子供一人ひとりの長所・短所が明確になるのは参考になる。しかし、いくらデータがきめ細やかでも、それに対応できるだけの人員も時間もない」とこぼす。

 その上で、「データ公表で周囲の地域と比較されると、『隣の地域よりもいい成績を』と保護者が要求してくることは避けられない。そのとき、今の状況では対応できない」と訴える。

 教師だけではなく、保護者も不安を訴える。

 日本PTA全国協議会の曽我邦彦会長は「全国一斉のテストだからこそ、データを使いたくなるのは当たり前。しかし、序列化が起きたとき、自分の子の順位も明確になってしまう。厳しい順位にいる子供の親ほど反対するのはやむを得ない」と話す。

■秋田の“前例”

 一方、秋田県の根岸均教育長は寺田知事と同様、公表推進派だ。文科省の有識者会議でも「公表してこそ、市町村や学校は、より充実した教育を実践できる。子供たちの学力の保証するためにも、公表は不可欠だ」と強調した。

 文科省が1839市区町村の教育委員会を対象に実施したアンケートでは、約6割にあたる1094教委が「調査結果を公表しない」と慎重な姿勢を示した。都道府県も、公表に前向きなのは、全体の4分の1以下のわずか11教委で、7割を超える34教委が「市町村別の公表はしなくてよい」と回答している。

 こうしてみると、公表に積極的な秋田県の姿勢はかなり異例といえるだろう。だが、それには理由がある。

 昭和39年度に実施された全国学力調査で、秋田県は各科目とも全国平均を下回るなど、成績は決して芳しくなかった。特に県内では、農村部が都市部よりも学力が低いという結果が出た。中3数学では、商業市街の平均点が49・6点に対し、山村地域では18・0点と30点以上もの差が開いていた。

 根岸教育長は「この結果を乗り越えて、今の秋田がある。教師も学校も市町村も、そして県も学力の全体的な底上げを図ろうと必死になった」と話す。 

 過熱な競争を生んだとして多くの教育関係者の中でトラウマになっていた全国学力調査が、秋田県ではプラス要因となっていた。

 今回の全国学力テストで、秋田県は小学生で全4科目がすべてトップ、中学生も1〜3位に入った。それでも、自治体の間には、まだ差が生じている。19年度では、小6の「国語B」で、平均正答率が最も高い自治体で80・0%、一方、最も低い自治体は55・0%。小6の「算数B」でも、最も高い自治体と低い自治体との間で25・0ポイントの差があった。

 だからこそ、根岸教育長は公表の意義を力説する。「市町村の教育委員会は『十分に対策を取っている』というが、自分たちの置かれた状況を認識することが重要。地域を信頼してデータを公表することが、全体的にいい影響を与えるはず。出血している患者を止血するのは当然のこと。その義務が教師にはある」

■本当に序列化を招くのか

 塩谷文科相は「大方の国民は実施要領に納得していると思う。情報公開請求は、教育的な意味より、興味本位の方が強いのではないか」と疑問を呈する。それは本当だろうか。

 情報公開条例を改正した鳥取県の担当者は、文科省に対し、その狙いをこう説明したという。

 「鳥取は情報公開が進んでおり、そうした地域性の中で教育改善を進めるには、調査結果を開示する姿勢を示すことが必要だった」

 「学校だけで教育改善を進めることは難しい。県が開示することで請求者を含む地域のグループが独自の分析を行い、学校が一緒になって学校の改善に取り組むことが可能になる」

 また、埼玉県に情報公開請求を行った同県在住の男性は、18年に改正された教育基本法の条文に「学校、家庭、地域住民の相互の連携協力」が盛り込まれたことを挙げ、「教育基本法の理念を実現するためにも、連携協力の前提として、住民に学力データなどの情報を公開する義務が県にはあるはず。それを今まで怠っていたということだ」と主張する。

 文科省側は、こうした声に対しても「将来的には公表が望ましいとしても、現時点では公表が序列化や過度の競争を招くおそれがあり、適当ではない」とし、公表基準を変える考えは現時点ではない。

 教育問題に詳しい国際医療福祉大の和田秀樹教授は「成績を教委や学校だけに公表し、それ以外は『データが一人歩きする』として序列化を恐れるのは、保護者ら一般の人に分析力がないと思っているに等しい」と批判する。また、教育現場の懸念に対しては「成績が低い市町村や学校は、それを人員要求の材料などに使えばいい。公表を尻込みする背景には、関係者の事なかれ主義があると思わざるを得ない」と話す。

■公開は学力テストの首を絞めるのか

 文科省が抱く最大の懸念は、参加の前提となる実施要領を破るケースが続出することで、全国学力テストへの参加をとりやめる市町村教委が表れることだ。

 塩谷文科相は26日の会見で「参加しない市町村が出てきて悉皆調査ができなくなると問題だ。情報公開は、場合によっては全国学力テストをやめさせることにもなりかねない」と述べた。

 19、20年度は愛知県犬山市教委以外の公立校はすべて参加しており、そのため、テスト結果は非常に高い価値を持っている。情報開示の動きが「悉皆」を崩せば、従来のサンプル調査と大差がなくなり、毎年50億円以上の予算をつぎ込んで実施する意味がなくなってしまう。

 「実施要領は参加するに当たっての約束だから、約束は守ってくれなくちゃ困る」(塩谷文科相)のが、文科省の本音だ。

 次回の全国学力テストは21年4月21日。それまで情報開示はどのような展開をみせるのか、参加取りやめの市町村は出るのか。教育関係者だけでなく、一般国民の間でも、成績公表をめぐる議論を深めることが必要だろう。

              ◇

 全国学力テスト 子供の学力低下が指摘される中、全国的な状況把握と課題を明らかにするため、平成19年度から小学6年と中学3年の全員を対象に43年ぶりに実施。テストは国語と算数・数学の2教科で、それぞれ基礎的知識を問うA問題と活用力を調べるB問題の2種類。学習環境や生活習慣なども調査した。

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