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2008年12月27日(土) 22時39分

大失業時代 雇用保険料引き下げの“陰謀”産経新聞

 派遣や非正規社員を中心にリストラの嵐が吹き荒れる大失業時代が到来する中、失業した際に支給される雇用保険の保険料が引き下げられる。給料から天引きされる保険料の引き下げはありがたい話だが、今後、失業者の急増で支給も増大することが確実視されるなか、原資である保険料を引き下げて大丈夫なのかと心配になる。案の定、その裏では、“陰謀”を張り巡らせる財務省と既得権益の死守に“狂奔”する厚生労働省の暗闘が繰り広げられていた。

 「保険料を引き下げる合理的説明がつかない」

 雇用保険制度の改革を検討してきた労働政策審議会(厚労相の諮問機関)雇用保険部会の議論は大荒に荒れた。労働者の代表である労働組合委員が、引き下げに猛反発したためだ。

 最終的には部会長である清家篤慶大商学部教授の取りなしで、12月25日にまとまった制度改正案には、何とか平成21年度に限り、保険料率を賃金の1.2%から0.8%に引き下げることが盛り込まれた。ただ、「現状においては引き下げるべきではない」との労働側の反対意見も付記されており、異例の決着だった。

 保険料は労働者と企業側が折半して支払う仕組みで、これに国が拠出する負担金を合わせ支払い原資としている。

 厚労省の試算によると、月額賃金36万1711円の平均世帯の場合で、月724円の負担軽減となり、企業側も雇用者1人当たり同額の負担が減る。

 サラリーマンにとって、1日の昼食代程度。1年間ため込んでも8688円で1万円に満たない。居酒屋なら2回ぐらいは飲めるが、麻生太郎首相が好きな高級ホテルのバーなら、調子に乗って飲むと足が出てしまいかねない。

 制度改正には、保険料引き下げに加え、非正規社員に対する支給条件の緩和や支給期間延長も盛り込まれた。具体的には、現在の支払い基準は「週20時間以上働き、1年以上の雇用が見込まれる」ことが条件になっているが、「6カ月以上の雇用が見込まれる」に緩和する。

 また、地域の雇用情勢や年齢などからハローワーク所長が「再就職が難しい」と認めた場合、支給期間を通常の「90〜150日」に加えて、60日延長できるようにする。厚労省は雇用保険法と労働保険徴収法の改正案を年明けの通常国会に提出し、4月施行を目指す。

 失業者の増大に加え、非正規社員への適用拡大で保険金の支給が急増するのは確実なのにもかかわらず、保険料を引き下げた背景には、巨額の積立金の存在がある。

 バブル崩壊不況の際の失業対策で保険料は引き上げられてきたが、その後の戦後最長景気で失業者が減り、保険金の支給も減少。余った分は特別会計に積み立てているが、その額は平成19年度末で4兆8832億円に達し、20年度末で5兆円を超える見通しだ。いわゆる「埋蔵金」の一つだ。

 「貯金があるので、企業や雇用者に還元する」というわけだが、そんな単純な話ではない。

 「保険料引き下げの裏には、国庫負担をやめたい財務省の陰謀がある」

 雇用保険部会の多くの委員と厚労省が引き下げに猛反発した理由がこれだ。

 国は毎年度1600億円のお金を拠出しており、財政事情が悪化の一途をたどり続ける中、財務省としては少しでも支出を減らしたい。ただ、積立金が余っているなら、まず保険料引き下げるのが筋で、国庫負担だけをやめるわけにはいかない。

 そこで財務省は「景気対策の目玉の一つとして、麻生首相に引き下げを進言した」(政府関係者)。引き下げに乗じて国庫負担もやめようという戦略だ。

 さらに平成21年度予算編成の過程で、シーリング(概算要求基準)で定められた社会保障費の自然増を2200億円抑制するという取り決めをほごにする議論が浮上。財務省は「雇用保険の国庫負担廃止とたばこ1本当たり3円の増税で、2200億円の財源を捻出(ねんしゅつ)するシナリオを描いた」(同)。

 結局、たばこ増税は与党税制調査会の反対で、国庫負担廃止も「雇用情勢の悪化」を理由に、実現しなかった。

 「体を張ってでも雇用保険の国庫負担は守る」

 財務省との暗闘は、舛添要一厚労相がこう繰り返してきた厚労省側の圧勝となった形だ。

 厚生労働省も「雇用保険は最後のセーフティーネット。国庫負担を無くすことは国が労働行政を放棄することだ」と気勢を上げる。

 確かに積立金が底を突く懸念は十分にある。平成5年度には4兆7527億円あったが、その後の不況で、14年度には4064億円まで減少した。

 ただ財務省関係者は「厚労省だって、雇用ではなく、自由に使えるポケットのような財源を守りたかっただけ」と、辛辣(しんらつ)だ。

 国会の厳しいチェックが及ばない年金や雇用保険の特別会計を使って、天下り先である特殊法人をせっせっとこしらえるのは厚労省の得意技だ。雇用保険の資金で建設・運営し多額の赤字をたれ流してきたフリーターの就職支援施設「わたしの仕事館」は、その典型といえる。

 財務省と厚労省の暗闘の中で、雇用のセーフティーネットという本質的な議論は置き去りにされた。しかも、非正規社員への適用基準緩和などを盛り込んだ関連法案は、“ねじれ国会”により成立が危ぶまれており、来年度から実施できるかも不透明だ。

 すでに非正規社員の人員整理が横行しているが、多くが雇用保険の適用を受けられない。行政と政治の混迷が苦境に拍車をかけている。

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