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2008年12月23日(火) 18時11分

【衝撃事件の核心】追跡“不倫”捜査 立証のカギ握るのは…韓国有名女優、姦通罪で有罪(下)産経新聞

 韓国有名女優のオク・ソリさんが姦通の罪で有罪判決を受けたことは韓国社会に衝撃を与えた。日本では戦後廃止された罪で、古くさく思われるが、韓国の捜査幹部によると、情事を立証するのに極めて綿密な科学捜査が要求される「労多く実益が薄い」事件なのだ。にもかかわらず、韓国では7割が存続を望み、特に女性の支持が多いという。韓国の姦通事情に迫った。(桜井紀雄)

■ティッシュ、シーツ、避妊具…

 「極めて捜査が難しい事件」

 姦通罪捜査の経験がある韓国の捜査幹部はこう断言する。

 捜査を担当するのは、日本で言えば、強姦事件を扱う捜査1課か、それともわいせつ事件を扱う生活安全課か…。こんな疑問がまず浮かぶ。

 「姦通罪は夫や妻から告訴がなければ捜査できない親告罪であり、親告罪はすべて主に知能犯を扱う各警察署の『調査係』が担当します」(韓国捜査幹部)

 告訴を受け、まず行うのは不倫の当事者を尾行したりする行動確認だという。そして最も重要な証拠集めに入る。「状況証拠ではダメで、性行為そのものの物証が求められます」(同)

 捜索令状を得てラブホテルなど“情事”の現場に家宅捜索に入り、テッシュペーパーやバスタオル、シーツ、避妊具…と体液が付着しているであろう証拠を押収。DNA鑑定など科学捜査をへて男性本人のものか裏付ける。

 だが、物証があっても不十分で、「男が自分で『出した』と言いはれば、終わり。女性が否認すると立件が極めて難しい。告訴を受けても嫌疑不十分で起訴できないケースも少なくない」(同)という。

 現場を目撃したからといって令状なしの緊急逮捕が認められないうえ、逮捕されてもすぐに釈放されるケースが多く、自供を引き出す“勝負の場”も制約される。

 ただ、取り扱いが少ないかといえばそうではなく、「地方の警察署でも年間10件はあり、特に夏場に多い」(同)という。

■行為中の「声」は証拠にならない

 韓国の刑法に詳しい甲南大法科大学院の園田寿教授は「姦通罪の定義は性行為をしたかという点に厳密に定められている。避妊具を処分されたりすると、証拠は隠滅され、立証が非常に難しい」と指摘する。

 物証面での難しさを示す地裁判決が昨年、ソウルで出された。

 妻(48)が不倫したと訴える夫(54)が録音した情事中のあえぎ声を証拠として提出したが、地裁は「証拠にならない」とし、妻に無罪を言い渡した。

 地裁は「あえぎ声も『公開すべきでない一種の会話』であり、通信保護秘密法に違反する」と判断したのだ。

 罰則は2年以下の懲役とされるが、「執行猶予が付くケースが多く、実刑でも6月〜1年未満が一般的」(韓国捜査幹部)

 告訴は結婚生活の破局を前提に行われるため、姦通罪捜査イコール離婚による家庭崩壊となり、捜査コストがかさむのに救われる人の少ない事件だ。

 気になるのは、韓国で不倫した日本人にも適用されるかだ。

 有名女優、オク・ソリさん(40)の事件では、起訴こそされなかったが、「不倫相手」と“暴露”されたイタリア人男性も告訴対象になった。

 外国人の適用範囲をめぐる判決が05年にあった。カナダ人女性が韓国人の夫を姦通罪で告訴したが、夫側は「姦通罪は韓国人を守るためのもので、外国人に告訴権はない」と主張。

 だが、裁判所は「韓国内で行われた犯罪」との属地主義の観点から夫に有罪を言い渡した。

 「韓国の性道徳を保護するための法律であり、外国人だろうが、日本人だろうが処罰される」(園田教授)。夫婦で韓国に海外赴任した日本人男性が良からぬ気を起こすと、妻から訴えられかねないのだ。

■「単なる報復の手段」…最高裁判官の過半数が「実情に合わない」

 姦通罪は明治時代に日本の刑法で定められ、日本統治時代をへて韓国に残った。不倫した妻とその相手が罪に問われ、「人妻に手を出さない限り、男性の浮気は処罰されなかった」(園田教授)。男女平等に反すると戦後日本では廃止されたが、韓国では1953年に夫の浮気にも適用する形に改正され生き残った。

 イスラム圏や台湾、スイスで存続するが、各国で姦通罪は廃止の方向にある。韓国でも起訴された人は99年には2000人台だったが、06年1231人、07年1219人と減少傾向にある。

 「80年代以降の性の自由化で、姦通罪の存続に疑問を抱く人が増え、90年代以降、違憲訴訟を起こすケースが増えた」(園田教授)

 オクさんも姦通罪公判の最中に違憲訴訟を提起。「姦通罪は性的自己決定権を侵害する。性の解放という風潮のなか、社会の変化に柔軟に対応できず、個人のプライバシーを大きく損なっている。社会の健全な性文化を守るという実用性も欠ける」と廃止を訴えた。

 オクさん夫婦の離婚騒動はただでさえ、世間の注目を集めていただけに姦通罪論争が巻き起こった。法曹界からも「家族や婚姻制度を守るよりも配偶者の単なる報復の手段に成り下がっている」との意見が続出した。

 10月の最高裁判断でも裁判官9人中5人が違憲または憲法不合致の判定を下した。違憲判断は6人以上の判定が必要なため、合憲判断となったが、最高裁裁判官の過半数が実情に合わないと考えていたことになる。姦通罪は風前のともしびなのか。

 一般世論は全く正反対の反応を示した。オクさんの騒動の最中に韓国の調査機関がアンケートしたところ、69・5%が廃止に反対と答え、女性では、79・6%に上った。別の機関の調査でもほぼ同じ結果だった。なぜか…。

■浮気調査は違法!?…韓国特有の事情も

 「儒教的考えにフィットしたことが大きいが、姦通罪は道徳的価値を高らかに宣言する意味合いが強い。日本の賭博罪と同じで、現実に合わなくなっても、いざ廃止となると、残しておいた方がいいんじゃないかとの声が強まる」

 園田教授をこう指摘する。

 さらに注目すべきは女性の支持が極めて高いことだ。

 北海商科大の水野俊平教授は「儒教の縛りが強い韓国では、日本や欧米に比べまだまだ男性の方が強い。夫の浮気に対して、身を守る手段を持っておかなきゃいけないと考える女性が多いのではないか」と分析、韓国特有のもう1つの事情を挙げた。

 それは、韓国では探偵業が合法化されていないということだ。探偵といっても日本では浮気調査が仕事に占める割合が大きい。「韓国では“便利屋”が浮気調査をすることがあるが、度々弁護士法違反で摘発されている」(水野教授)という。夫の浮気を裏付けるにも姦通罪という“伝家の宝刀”を抜くしかないのだ。

 姦通罪廃止に賛成する韓国女性団体連合も「夫の姦通から女性を守る代案は作るべき」との意見を最高裁に提出している。

 韓国の人気ドラマには、こんなシーンが描かれる。

 たび重なる夫の不倫に離婚を決意した登場人物が姦通罪で夫を告訴し、夫が留置施設に入る。

 妻は「出してほしかったら私と別れなさい」と離婚を突き付けるのだ。ドラマは47%もの視聴率を得た。

 韓国芸能界に詳しいライターの児玉愛子さんは「韓国では、離婚した女性やシングルマザーに対する風当たりがまだまだ強い。そんな中、独り戦う登場人物に『頑張れ、頑張れ!』と声援を送る女性は多い」と語る。

 「女性を守る武器」と多くの女性に受け止められている姦通罪を逆に夫から突き付けられ、名声を失い、最愛の娘にも会えなくなったオクさんは、いま何を思うのか。

 23日、独り40歳の誕生日を迎えた。

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