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2008年12月21日(日) 23時37分

法廷通訳のDVD教材開発へ 大阪大産経新聞

 来年5月からの裁判員制度開始を控え、大阪大の研究者らが、外国人が被告となった刑事裁判で活動する法廷通訳の倫理・技術を伝える独自のDVD教材の開発を進めている。背景には、体系的な教育システムが整備されておらず、個々の力量や技術に委ねられてきた法廷通訳の不安定な実態がある。書面より法廷での供述・証言が重視される裁判員裁判では、誤訳があれば裁判員の心証に影響し、事実認定や量刑も左右しかねない。DVD教材が果たす役割は高まりそうだ。

 弁護人「被害者のこと、どう思いますか?」

 被告「我看他酒后脾气不太好(あまり酒癖がよくないと思います)」

 通訳「申し訳ないことをしたと思っています」

 DVD教材の一場面。架空の強盗致傷事件で罪に問われた中国人の男への被告人質問。背後に裁判員が並ぶ中、反省の言葉を引き出そうとした弁護人の質問に対し、被告が被害者を批判するような供述をしたとき、“誤訳”が飛び出した。

 法廷通訳が被告の立場を考え、勝手に反省の言葉を述べたことにしたのだ。

 「通訳人は編集を加えてはいけません。被告に不利な発言があっても、弁護人が補足してくれるのを待つべきでしょう」。教材ではこんなナレーションで注意を喚起した。

 「実際の裁判でも、被告の言葉を省略しすぎたり、言ってもいない謝罪の言葉を長々と語った通訳がいて驚いた」。傍聴を1年半繰り返した上で教材の台本を作成した大阪大言語文化研究科の大学院生、石田慎介さん(25)はいう。

 教材では、この強盗致傷事件裁判の流れに沿って法廷通訳が注意すべき点や陥りがちなミスを例示、適切な方法を解説している。

 法廷通訳は、語学検定や留学経験、民間での通訳の実績などをもとに裁判所が選任して候補者名簿に登録、事件ごとに依頼する。登録は全国で約3800人、54言語(平成18年)。昨年の全国の刑法犯の1審で法廷通訳のついた被告は2166人に上った。

 しかし、「教育システムは十分ではない」と大阪大グローバルコラボレーションセンターの津田守教授(司法通訳翻訳論)はいう。

 津田教授は英語とタガログ語の法廷通訳を23年間務め、裁判所主催のセミナーで講師も務める。セミナーは回数が少なく、法廷通訳全員が参加できるわけではない。公的な資格認定制度もなく、専門用語の習得や通訳技術の向上は個々の努力に任されているという。

 裁判員制度を控えて法廷通訳の不安は切実だ。今の解説書は10年以上前に発行されたもので、裁判員裁判に合わせた解説書はない。連日開廷となる裁判員裁判は1日の開廷時間も5〜6時間と長い。法廷でのやりとりがますます重要になる上、裁判員による質問など即興的な対応を含めて負担が増すことが予想される。

 教材は来年1月20日ごろにも完成、法曹三者や法廷通訳らに配布される。津田教授は「裁判員制度のあり方や法廷通訳への理解を深めるきっかけになれば」と話している。

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