記事登録
2008年12月16日(火) 00時00分

再発防止重視か立ち直り期待か<5>読売新聞

迫られる量刑決定国民に制度周知を
来年5月に裁判員制度が始まる地裁。窓には制度をPRする文句が見える

 「裁判員の皆さんの率直な意見を聞かせてほしい」。地裁の一室に、小倉哲浩裁判長の声が響いた。12月に開かれた裁判員制度の模擬裁判。飲酒運転で死亡事故を起こし、危険運転致死罪に問われた農家の男について、審理を前日に終えた裁判官3人と裁判員役の市民6人は、有罪か無罪かや量刑を決める「評議」に入っていた。

 事実面で検察、被告双方に争いはなく、男が自身の健康と金銭問題に悩んで酒に走ったという事故の背景や遺族感情などの情状を、量刑にどう反映するかが焦点となった。求刑は懲役8年だが、遺族側は同12年の厳罰を、被告側は同4年への軽減を求めていた。

 「私も家族問題で悩んで酒におぼれたことがあり、被告の気持ちはわかる」。裁判員の一人が口火を切ると、他の裁判員から「再び飲んでも家族の監視で防げる」と被告の更生に期待する声が上がったが「酒好きな人はまた飲む」「飲酒運転を止められなかった家族に期待できない」と再犯を心配する意見も出た。

 意見が出尽くしたところで量刑の検討に移った。裁判員には前日の審理で類似事件の量刑を記した資料が配られていたが、裁判長は自由な議論を促した。

 裁判員のうち3人は「被告は常習的な飲酒運転者。犯罪の再発を防ぐ必要がある」と、求刑の8年を支持。2人は「被告の立ち直りに期待して」と5〜6年を主張し、残る1人は「判断できない」と留保した。裁判長を除く裁判官2人は「被告は不十分ながら謝罪している。過去の事例を含めて考えないと」と5〜6年だった。

 裁判長が「軽い人はどこまで重く、重い人はどこまで軽くできるかを書いて」と紙を配ると7〜5年に分かれ、結局は6年でまとまった。

 終了後、女性看護師(43)は「判例を示され、裁判官の意見を重視してしまった。遠慮もあった」と打ち明け「責任の重さを感じた。本番で決められるだろうか」。無職男性(71)は「皆の意見の間をとって6年だったが、こんな形でよかったのか」と感想を口にした。

 評議を見守った松本啓介弁護士は「裁判員は裁判官の意見に同調せざるを得ない」と指摘。佐藤正利検事は「悪質な事故で求刑をあまり下回らないと思っていた」、山口順子検事は「裁判官の思い通りに進んだと感じた」と裁判官の意見誘導への懸念をにじませた。

 小倉裁判長は「裁判官だけで判断したらもう少し刑が軽くなったかもしれないが、誘導にならないように司会に徹した」とし「今回は被害者参加制度を取り入れたが、裁判員は感情に流されず、冷静に判断していた」と2日間を総括した。

 裁判員は死刑か無期懲役かの判断を迫られる場合もある。だが、死刑想定の模擬裁判は行われていない。小倉裁判長は「死刑か無期かの評議でも法律上は多数決だが、過去の事例を紹介して色々と話し、できるだけ意見を一致させたい」と言う。

 だが、裁判員を務めたある男性は「冤(えん)罪(ざい)の恐れもあるのに、重大な判断をしろと言われても……。国民への制度周知も不十分では」と不安そうな表情で言った。

(おわり)

※この連載は鷲尾有司、伊藤晋一郎が担当しました。

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tottori/feature/tottori1228914726853_02/news/20081215-OYT8T00519.htm