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2008年12月13日(土) 15時27分

【そっとメモって…国語私典】格差産経新聞

 〇東京は隅田川に架かる両国橋。江戸時代、金持ちの商人が遊宴を楽しむ舟が、この下を通る。貧しい庶民は橋の上からそれを見ている。

 

 ≪下見れば及ばぬ事の多ければ、上見て通れ両国の橋≫

 

 〇寝惚(ねぼけ)先生こと大田南畝蜀山人(なんぽしょくさんじん)の狂歌だ。「格差を嘆くなかれ。上見りゃきりがない」と教えるのが普通なのに、この狂歌師は「上を見ろ」と“パロった”。ウマイ! 先生に座布団3枚だ…。

 〇民間企業ではリストラの嵐が吹きまくっており、公務員をうらやむ声があちこちで聞こえる。

 

 ≪「オーイ公務員! もっと景気よくやれ」と、遠くで賑(にぎ)やかに歌っていたお花見の集団から声がかかったのは、その時である。それは朝鮮戦争の特需景気で高給をもらっている会社員の一団らしかった。…民間との給与格差は歴然としており、「オーイ公務員!」の呼び掛けは当然の成り行きだった≫(東海教育研究所「あの日、あの味」)

 

 〇気象エッセイストの倉嶋厚さんが昭和二十六、七年ごろ、気象台の予報官仲間で花見をしたときの話だ。このころの「官民格差」は、確実に「民」が上位だったのだ。

 〇「隣の花は赤い」とも「隣の芝生は青い」ともいう。そんな格言があるくらいだから、他をうらやみ、ねたむのは人の常なのか。

 

 ≪エイズの罹患(りかん)率の多さや、栄養の悪さから、平均寿命が三十数歳という国の国民と比べると、日本人の多くが倍の人生を生きることになる。これこそ格差そのものだ。しかし日本人は自分がましな方にいる格差は当然のこととし、悪い方の格差だけ言いたてる不思議な趣味がある≫(曽野綾子「言い残された言葉」)

 

 〇是正しなければならない格差ももちろん存在するだろうが、「格差社会」を言い過ぎると何でもそのせいにしてしまう人が出てくる。

 

 ≪だいたい学者やマスコミなどが喧伝(けんでん)する「若者が夢や希望の持てない社会」などというフレーズ自体が、気に食わない。というのも、夢や希望は「持てない」ものではなく、「持つか、持たないか」というものだと思うからです≫(池田弘「地方の逆襲」)

 

 〇若者が凶悪事件を起こすたび、「格差社会が原因」と唱える識者も多い。文芸評論家の村松剛さんは昭和49年、小紙「正論」欄で既にそんな風潮を批判していた(今年11月30日付「昭和正論座」に再掲)。

 

 ≪盗人にも三分の理、ということわざがある。…しかし近ごろはどうやら、その「三分の理」の方が肥大して大手をふっている時代である。犯罪をおかしても、責任は外にあり、社会にあり、社会の「矛盾」とかの方にあって、当人にはない…≫(東京校閲部長 清湖口敏)

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