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2008年12月13日(土) 11時36分

「気落ちしないで…」 死亡事故の遺族に励まされた被告の涙産経新聞

 自動車教習所の学科授業で、交通事故防止の啓発ビデオを見たことがある。

 免許を取り立ての若い男性が死亡事故を起こしてしまい、被害者やその関係者だけでなく、男性自身の人生も大きく狂ってしまうという内容だった。

 そのときは、演技がわざとらしく感じて真剣に見ることができなかったが、11日に傍聴した男性被告(61)の裁判では、思わず被告に感情移入してしまった。

 宅配便の配送用トラックで交差点を右折しようとした際、安全確認を怠り、歩行中の女性をはねて死亡させたとして、自動車運転過失致死の罪に問われた被告の初公判が11日、東京地裁で開かれた。

 初老の被告は喪服姿で、うつむいたまま入廷した。被告人席に腰を下ろしてからも、決して顔を上げることはなく、どこかおびえたような表情で、ずっと下を向いていた。

 検察側の冒頭陳述などによると、昭和59年から配送ドライバーの仕事をしていたという被告は11月7日、配送用のトラックで東京都品川区内の交差点で、買い物に行くために横断歩道を渡っていた女性(63)に衝突した。女性は脳挫傷のため、2日後に死亡したという。罪状認否で被告は、「間違いありません」と罪を認めた後、「申し訳ありません」と、深々と頭を下げた。

 情状証人として証言台に立ったのは、被告の上司だった。自分のために出廷してくれた上司に申し訳ないと思ったのか、被告はうつむいたまま、軽く頭を下げた。

 弁護人「お見舞いには、行きましたか?」

 証人「はい。2回行きました」

 弁護人「お葬式には?」

 証人「行きました」

 弁護人「ご遺族に何かお支払いは?」

 証人「(保険金の支払い以外に)告別式やお葬式の準備金として、100万円お支払いしました」

 弁護人「他には何かしましたか?」

 証人「月命日に、事故現場に献花させていただいております」

 弁護人「示談が成立しているようですが、どなたが担当したのですか?」

 証人「私が担当しました。被告も同席しました」

 弁護人「被害者の家に、検事から何度か連絡が来ているということでしたが」

 証人「はい。ご次男によると、『(被告に対し)こんな柔らかい姿勢でいいのか』と、繰り返し電話があったとのことでした」

 配送会社側の対応に誠意がみられたこともあり、被告側と遺族との関係は、おおむね良好であるようだった。それは、この後の被告の発言からも、感じ取ることができた。

 弁護人「ご遺族には何と言われましたか?」

 被告「逆に励まされて、『気落ちしないように』と言われました…」

 弁護人「ご遺族には、今どういう気持ちですか?」

 被告「本当に、申し訳ない気持ちでいっぱいです」

 弁護人「今、免許は?」

 被告「取り上げられました」

 弁護人「仕事はどうなりました?」

 被告「今は、会社内での作業をしています」

 弁護人「今後、運転はどうしますか?」

 被告「もう絶対にしません」

 続いて、検察官による被告人質問が始まった。検察官の厳しい追及に、被告は次第と涙声になっていった。

 検察官「今回、なぜ基本的な確認ができなかったんですか?」

 被告「色々な心配がありまして…。60歳で定年を迎え、今後の仕事のこととか…。近しい親戚(しんせき)が病気で、あと数日の命といわれ…。気がそれてしまいました…」

 安全確認がおろそかになった理由を問われると、被告は大きく肩を震わせて泣き始めた。眼鏡を外し、あふれる涙を手でぬぐう被告の姿に、傍聴席の端で背中を丸めて座っていた被告の妻も、涙をこらえきれない様子だった。

 検察官「18年、無事故ということで、油断していたということは?」

 被告「いや…、それはないと思います」

 検察官「被害者、いくつだったか知ってますか?」

 被告「はい…。63歳…」

 検察官「あなたとそんなに変わらないですよね? 今、いくつでしたっけ?」

 被告「…。61です」

 検察官「あなた、これからもまだ働きたいですよね? 同じような年の人に、このような事故を起こしたことを、どう思いますか?」

 被告「…。本当に申し訳ないと思っています」

 何度も頭を下げる被告に、裁判官は優しい口調で語りかけた。

 裁判官「この先のことについて、どうしようか、考えはあるの?」

 被告「これからも、お見舞いをしようと…」

 裁判官「なお誠意を尽くしていきたい?」

 被告「はい…」

 罪を犯した人に、感情移入する必要は全くないのかもしれない。しかも、結果責任は重大だ。だが、普段から車を運転する機会がある者として、自分が交通事故を起こす可能性を完全には否定できないだけに、「一歩間違えれば、自分があの被告になるかもしれない」と考えると、身の引き締まるような思いがした。

 検察側は、禁固1年6カ月を求刑。判決は、18日に言い渡される。(徐暎喜)

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