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2008年12月12日(金) 00時00分

「2008年、通信事業者は携帯電話市場の主役を降りた」--夏野氏が語る今後の成長鍵読売新聞

 「携帯電話業界は、2008年に変わった。今までの拡大成長から、縮小均衡へ移っている」——

 慶應義塾大学 政策メディア研究科 特別招聘教授の夏野剛氏は12月11日、モバイルマーケティングソリューション協議会が主催するセミナーに登場。業界を取り巻く状況について分析するとともに、今後業界関係者が採るべき道について語った。

 夏野氏が縮小均衡と話すのは、通信事業者と端末メーカーにとっての市場だ。携帯電話契約者数は1億人を超え、いままでのような伸びは見込めない。また、端末の出荷台数も減っており、電子情報技術産業協会(JEITA)の調査によれば10月の携帯電話出荷台数は前年の半分以下となった。

これまでは「奇跡の10年」

 これまで携帯電話市場は、奨励金モデルを軸に急速に拡大してきた。通信事業者はメーカーから端末を買い取り、販売代理店に奨励金を払って安い金額で消費者に端末を提供。月々の通信料金を高めに設定することで、投資を回収してきた。

 「これは良いとか悪いとかではなく、1つのビジネスモデルだ。例えば家庭用ゲーム機やコピー機も、本来ならあの値段で買えるものではない。ただ、メーカーはハードウェアで利益を出すのではなく、ソフトや印刷サービスの料金で回収している。初期投資が安いことが普及を後押ししているというのは、実データとして出ている」

 端末の普及に加え、iモードをはじめとしたモバイルインターネットとおサイフケータイの登場で、携帯電話は単なる電話端末ではなく、ITインフラになった。「ユーザーが一気に増えたことがコンテンツを呼び込み、機能の加速度的進化を呼び込むというポジティブフィードバックが働いた。この10年間の進化は奇跡的だと思っている」

 「日本の携帯電話業界がガラパゴスと言われることは、半分は当たっていて、半分は外れている。日本でしかこの現象が起きていないのは、ガラパゴスと言われてもしょうがない。しかし、日本は遅れているのではなく、世界最大の端末メーカーが歯が立たなくて撤退するくらいなのだ。日本は、世界の携帯電話業界から見たらパラダイスだ。世界中の通信事業者のトップや大学教授と話すが、なぜ日本はそんなことができるのかと、みんな注目している」

崩れたメーカーとのWin-Win関係

 ただし2008年に、業界は大きな変化を迎えた。最大の変化は、「通信事業者がリスクを取らなくなった」ことにあると夏野氏は考えている。

 最も大きな変化は、補助金モデルの廃止だ。補助金モデルは、端末メーカーが大きな投資を抱える代わりに、通信費で大きな収益を得られるハイリスク、ハイリターンのビジネスモデルだ。これに対し、割賦販売モデルはユーザーから確実に端末料金を回収できる一方で、通信料金が値下げ競争に陥るローリスク、ローリターンのモデルになる。

 「新端末の普及スピードが緩くなるし、大きな仕掛けはしにくくなる。安全な代わりに、今までのような急成長は望めない」

 こうなると、困るのが端末メーカーだ。これまでは通信事業者が端末の仕様も決め、積極的なプロモーションをしていたため、仕様通りに端末を作ればある程度の台数が売れるという保証があった。しかし、通信事業者はもはや新端末の販売に以前ほど積極的ではなく、同じ端末を長く使ってもらいたいと思っている。さらにメーカーには、開発コストを下げるよう要求している。結果として、開発リスクはメーカーが背負わざるを得なくなる。

 「通信事業者は主役の座を降りた。通信事業者とメーカーのWin-Win関係は崩壊した」

端末メーカーは海外へ、ただし2〜3年が山場

 こういった中で、携帯電話業界はどこに活路を見いだせばよいのか。夏野氏は端末と通信プラットフォームのそれぞれに、チャンスがあると見る。

 まず端末については、いまこそメーカーは海外進出すべきだという。携帯電話でインターネット接続することが欧米でもようやく一般化しつつあるからだ。そして、その大きな要因は、「これまで通信業界主導だったのが、ネット業界主導になってきた」ことにあると夏野氏はいう。具体的にはAppleのiPhoneや、GoogleのAndroidの登場だ。

 両者は「世界のIT業界が感じている、通信業界に対するフラストレーションから生まれた」と夏野氏は分析する。

 「Googleの人と話をしたときに、『日本にはAndroid端末がなくてもいい。携帯電話からインターネットが使えるので、Googleのサービスを提供できる。でも、海外にはそういった端末がない』と言っていた。彼らは、インターネットにアクセスすればユーザーは必ずGoogleを使うだろうというもくろみを持っている。ただ、モバイルインターネットの普及が遅いので、自分たちで作ろうと考えたのではないか。携帯電話業界がやらないならIT業界がやっちゃえ、という動きに見える」

 海外のメーカーは携帯電話端末専業であることが多いが、日本の場合は家電メーカーや総合電機だ。このことが、高性能端末を作る上では有利になると夏野氏は考えている。「端末の品質の高さは世界でも認められている。調査をしたときに、『100ユーロ余計に出しても日本の端末の機能が欲しい』という声が80%もあった。日本は総合力を生かせるところが山ほどある」

 とはいえ、HTCなど台湾や中国メーカーの台頭も進んでいる。「残された時間はあと2、3年だ。2009年に何か新しいことを起こさないといけない」

「ラッキーベンチャー」はもうありえない

 夏野氏がもう1つ注目するのは、インターネットプラットフォームとしてのモバイル市場だ。特に広告やコンテンツ、サービスの分野は、今後大きく伸びると見ている。

 「広告主は超保守的。新しいメディアを試さない。ただ、テレビも新聞も以前のビジネスモデルとは違ってきている。ここからモバイル広告は本番になる可能性が高い」

 コンテンツやサービスについては、競争力が問われる時代に入ったと話す。「携帯電話市場の拡大に便乗したラッキーベンチャードリームはもうない」。市場拡大期には、経営戦略の弱い企業や品質がさほど高くない企業でも、追い風に乗って事業を拡大できた。しかしこれからは、コンテンツやサービスが選別される時期に入る。

 「コンテンツや広告といったモバイル市場は拡大し続ける。閉塞感があるとはいっても、携帯電話は最もユーザーに近いツールであり、手放せない。この利点を生かしていくことが重要だ」

 「悲観論に酔うのではなく、打てるべき手を打て、絞れるべき知恵を絞れ。ほかの市場にくらべれば成長率は高い」と業界にエールを送っていた。(CNET Japan)

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http://www.yomiuri.co.jp/net/cnet/20081212nt05.htm