記事登録
2008年12月10日(水) 21時20分

星野ジャパン惨敗 多くの課題WBCに教訓生かせ産経新聞

 北京五輪で多くの国民を落胆させたのが野球だった。星野仙一監督が率いる日本代表は金メダルを目標に掲げながら、まさかのメダルなし。上位の韓国、キューバ、米国には1勝もできない惨敗に終わった。来春には第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が開かれる。球界全体が北京の敗戦の教訓を生かさなければ、WBC連覇は容易ではない。

 ●故障者

 星野ジャパンの最大の誤算は故障者の続出にあった。ペナントレース真っただ中の8月。シーズンの疲労もあって万全の状態でない選手が多かったが、星野監督はアジア予選をともに戦ったメンバーに期待を込めていただけに、自ら辞退を申し出る選手はいなかった。

 4番を任された新井貴浩内野手(阪神)も6月から腰痛を抱えていたが全試合に強行出場し、帰国後に腰椎(ようつい)を疲労骨折していた事実が判明した。「トレーナーからは『限界を超えているからやめてくれ』といわれていた。僕の責任です」と新井は話す。

 阪神は後半戦に失速。新井の離脱がリーグ優勝を逃す一因にもなり、後味の悪さも残った。3月開催のWBCは選手も照準を合わせやすいが、直後にはシーズン開幕を控える。1次候補に選ばれていた新井は腰痛が完治していないため、「代表にもチームにも迷惑がかかる」と辞退を表明。北京での反省を踏まえた早期の決断だった。

 阪神は球団のトレーナーも北京に派遣し、報告態勢を整えていたが、帰国後の精密検査まで、疲労骨折の事実は把握できなかった。代表に選ばれれば、選手はたいてい無理をしてでも「出ます」と答える。球界内には選手の故障に関する情報はチーム内の機密事項とする考えもあるが、選手が万全の状態でプレーするためにも、今後のWBC代表選考に向け、日本プロ野球組織(NPB)と各球団の間の連携が重要になってくる。

 ●悔し涙

 星野ジャパンはチームワークという点でも課題を残した。北京五輪でメダルを逃した瞬間、宮本慎也主将(ヤクルト)が悔し涙を流しながら「チームをまとめられなかった」と話したのとは対照的に、若手の中に涙をみせる選手はなく、現実を冷静に受け止めようとする姿が目立った。

 原因は直前の国内合宿にある。「あまりにも期間が短かった。東京(で行ったこと)も失敗だった」と、星野監督は振り返る。8月2日から1週間程度の合宿。前日の8月1日は横浜で球宴という過密日程だったため、自然と場所は東京に絞られてしまい、夜は仲のいい選手同士が自由に行動。一体感を生むことはできなかった。

 ●日の丸

 紆余(うよ)曲折の末にWBCは巨人の原辰徳監督が指揮を執ることが決まった。代表合宿は当初はグアムで検討されていたが、原監督の意向もあって宮崎に変更。移動の時間的なロスを避ける目的もある。

 星野氏は北京五輪後、ストライクゾーンの違いを敗因に挙げ、「国際試合をもっと多く経験しないといけない」と語った。WBCでは米大リーグ経験者が中心になって、チーム内で十分にコミュニケーションを取る必要がある。

 北京を最後に野球が五輪実施競技から外され、日の丸のユニホームを背負って戦う舞台はWBCだけになった。WBCをサッカーのW杯のように、すべての選手の目標となる大会にするためにも、球界全体がどれだけ一致団結して世界に目を向けられるか。北京と同じような失敗は許されない。(丸山和郎)

【関連記事】
松井秀が帰国「オープン戦始まるころには試合に出られるように」
アストロズ・松井稼はWBC出場OK!
若トラ“飛蕭法”…WBC台湾代表に育成、丸投げ!?
イチロー激白!WBC“戦力分析”
中日・山本昌、WBCに意欲 「原監督に立候補しといた」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081210-00000599-san-base