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2008年12月09日(火) 20時36分

ディティールに凝った犯行 法実務の知識悪用か 偽造判決事件産経新聞

 偽造判決書で振り込め詐欺に使われた口座の凍結が解除され現金が引き出された事件は、法律知識を悪用した極めて周到なものだったことが、埼玉県警捜査2課などの調べで明らかになりつつある。偽造判決書には、裁判所でしか付けられないパンチ印があったことも判明。県警は、実務に精通した京都家裁の書記官、広田照彦容疑者(35)=偽造有印私文書行使容疑で逮捕=が立場を悪用して用意周到に犯行を行ったとみて、司法の信用を揺るがす事件の全容解明を急いでいる。

 ■「馬場」の影

 広田容疑者の直接の逮捕容疑は、凍結が解除された埼玉県熊谷市の銀行口座の約400万円を、偽の振り込み依頼書を使って自分が管理するインターネット銀行の口座に移したとするもの。

 広田容疑者は振り込み依頼の際、大阪府島本町のマンションに住所のある「馬場(ばんば)」という名前を使っていた。

 この「馬場」は、事件全体の中で度々登場する。

 振り込め詐欺に使われたとして、熊谷市の銀行が凍結していた口座の解除の根拠となったのは、さいたま地裁熊谷支部が出した口座差し押さえ命令。差し押さえを申し立てていたのも「馬場」だった。

 「馬場」が申し立ての際に添付したのが、貸金請求事件に関する京都地裁の偽造判決書。これは、凍結口座の名義人に貸している金を返してもらう権利があることを証明するものだが、この判決書の原告名も「馬場」だった。

 ■内部の小道具

 偽造判決書は、京都地裁に実在する裁判官と書記官の名前と押印、地裁の公印のほか、裁判所でしか付けられないパンチ印「契印(けいいん)」がある極めて精巧なものだった。

 契印は約2センチ四方の「裁」の文字を、複数の小さな穴で開けるもの。偽造を防ぎ、謄本であることを示すために押される。

 京都家裁によると、契印をつける機械は最高裁から配布された。京都地裁や京都家裁の書記官執務室に置かれ、裁判書類を作成する裁判所職員しか使用できないという。

 また、「馬場」という男は、「就籍」という一般にはなじみのない手続きで“誕生”していた。

 就籍は、戸籍がない人に新たな戸籍をつくる手続き。家庭裁判所が許可し、自治体に届け出ることで完了する。記憶喪失などの事情でも認められる。

 「馬場」は平成19年9月、記憶喪失を理由にした就籍の申し立てが京都家裁に許可されたとの書類を、大阪府内の自治体に提出していた。

 しかし、京都家裁には就籍の審判を行った記録がなく、書類は偽造と判明。「馬場」は架空の人物だと分かった。裁判書類の担当書記官は広田容疑者だった。

 ■あまりに悪用

 こうした小道具を用意するのは、法実務に精通した者以外には極めて困難だ。ある捜査関係者は「法律の知識を悪用して、振り込め詐欺の被害者の金をかすめ取る非常に悪質な犯行」と吐き捨てる。

 また、佐藤勉国家公安委員長は9日の閣議後会見で「とんでもない話で、あってはならないこと。いろいろなことが明らかになってくると思うので、厳正に対処すべきだ」と述べた。

 これまでの捜査で、熊谷市の銀行に振り込み依頼書を送った「馬場」が広田容疑者だったことが分かっており、事件の端々に登場するすべての「馬場」が広田容疑者と同一人物かが今後の捜査の焦点になる。

 さらに、「馬場」を原告とする偽造判決書は、少なくとも札幌、函館、東京、大阪の4地裁にも送られており、余罪についても捜査を進めている。

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