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2008年12月08日(月) 12時03分

ハワイの地ビール、オレゴンワインを通して日本に伝えたいもの——禎・アレン・ゴードンさん(前編)Business Media 誠

 ハワイ産の高級コーヒー「コナコーヒー」をご存じだろうか。このコナコーヒーを使ったハワイの地ビールを日本で販売すべく飛び回る人物がいる。ゴードン公爵家を祖先に持つ父親と、日本人の母親との間に生まれた彼は、12歳にして起業経験がある、卓越したビジネスセンスの持ち主だ。

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●海外旅行に行きにくい今だからこそ必要なビジネスとは?

 好景気と円高に背を押され、かつて世界を席捲(せっけん)していた日本人観光客の姿は、ここ数年、世界各国で減少の一途をたどっている。

 日本人にとっては定番の観光地であるハワイも例外ではない。このところ、年率10%を超えるペースで減り続けているという。エメラルドグリーンの海、どこまでも青く高い空、照りつける陽光、肌にそよぐ涼風……鬱々とした気分や体調が続いていたのに、ワイキキの風に吹かれただけで、一気に元気になったという人は多い。筆者もまたその1人である。

 一度行った日本人の60%以上がリピーターになるハワイ。価格的にも時間的にも、欧州などよりはるかにお手ごろなハワイもまた、日本人観光客の減少が続いている。「行きたいんだけど、経済的に厳しくて……」という嘆きの声を多く聞く。

 ハワイに行きたいが行けない。そんな気分の人々は、どうやってハワイへの想いを満たせばよいのだろうか?

 フラダンス、ロミロミ、サーフィン、アロハシャツ、ハワイアンミュージックなどは確かに日本にもある。特にフラダンスでは、日本は世界最大のフラ人口を誇る(約100万人)。

 しかし、何かが足りない。それはハワイの「食」(フード&ドリンク)ではないか。今秋発売された「ミシュランガイド東京2009」でも、三つ星店の数がパリに並び、東京こそは世界最高の「食都」と自賛する人々もいる。しかし日本人が大好きなハワイの「食」がどれくらい日本に根付いているかというと、甚だ心もとない。

 「食」は、最も原初的な人間の営みである。食を軸にして、住空間やファッションが加わり、そこにライフスタイルが形成されてゆくという考え方もある。そういう意味で、日本には、ハワイのライフスタイルの最も重要なファクターが欠けている。フラやサーフィンを始めとする“ハワイ文化”も、それぞれバラバラに入ってきている感を否めない。

 こうした状況を打破しようとしている人物がいる。米国籍で、GECO株式会社代表取締役の禎(てい)・アレン・ゴードン(Tei. A. Gordon)さん、38歳だ。

 ハワイで人気だが、日本では入手しにくい「コナビール」(Kona Brewing Co. ハワイ島コナで製造)の日本への輸出・普及を軸に、日本にいながらにしてハワイのライフスタイルを満喫できるような環境を日本に作っていきたいと流暢な日本語で語る。

 「これまでのように、プロダクトを売るだけのビジネスではいけません。それを通じて、ハワイの文化やライフスタイルを伝えること。そして、それが日本人のライフスタイルの1つとしてアクセプトされるようにすることが大切なんです」と。

 ゴードンさんの勧めで、私も、コナコーヒービール「パイプラインポーター(PIPELINE PORTER)」を飲ませていただいた。コナコーヒーとは、ハワイが世界に誇る高級ブランドコーヒーである。

 正直なところ、話を聞いたときには「コーヒービールとはいったいどんなものなのだろうか」とまったく味の予想がつかなかったのだが、実際に飲んでみると、コナコーヒー特有の芳醇な香りに包まれた非常においしいビールで驚いた。取材後、ゴードンさんにお願いして1ケース買い求めてしまったほどだ。しかも、もともとビール好きな私だけでなく、ビールが苦手なはずの編集担当まで「おいしい」と言いながら残さず1本飲んでいた。「ビール党」の男性諸氏はもとより、ふだんあまりビールを飲まない女性にもお勧めのビールなのである。

●スコッチを世界的ブランドに育てた英国ゴードン公爵家のDNA

 それではまず、テイ・ゴードンさんのこれまでの歩みを紹介しよう。

 彼の父方先祖は、英国の名門貴族ゴードン公爵家である。同家は、かつてスコットランドのハイランド(高地地方)の密造酒であったスコッチウイスキーを1823年に合法化させ(5代目ゴードン公爵)、貿易業を通じて、スコッチを世界的ブランドへと発展させていったことで知られる。洋酒党の方々にとってなじみ深い“Gordon&MacPhail”は、その代表例の1つだ。ウイスキーばかりではない。ジン(Gordon Gin)や、ティオペペ(Tio Pepe Sherry)もまた、ゴードン家によって世界的ブランドになった。ゴードン家は、まさに世界の名酒の発展の歴史とともにあったと言って過言ではない。

 そのDNAを継承したゴードンさんは、今、コナビールともう1つ、ハワイと縁の深いオレゴンのワインを日本に輸出・販売するビジネスを展開しているのである。

●天才少年、12歳で起業

 1970年、ゴードンさんと妹は、米国のオレゴン州で、ゴードン公爵家を祖先に持つ父親(省エネルギーエンジニア)と、日本人の母親(山口県岩国市出身、1960年代に奨学金で米国に留学)のもとに生まれた。

 小学校から大学まで、基本的にはオレゴンを拠点にしつつ、米本土とハワイ、そして日本を行きつ戻りつする日々を送ったという。「父方の従兄弟たちがハワイのマウイ島にいた関係で、ハワイにはよく行きましたね!」

 そんなゴードンさんを語る上で欠かせないのが、その早熟なビジネスセンスである。

 「12歳で起業しました。天気情報の会社なんですが、当時は珍しかったコンピューターを活用した、いわば前例のないビジネスモデルだったこともあり、ニューヨークタイムズなどメディアにずいぶん取り上げられました。でも、一番印象深かったのは、サウジアラビアの富豪が、1億円でビジネスを買いたいと申し出てきたことでしょうか」

 天才少年として異才を放っていたゴードンさんは、ユニバーシティ・オブ・オレゴンに入学する。「私は3つ専攻しました。ビジネスマネジメント、インターナショナルビジネス、そして、アジアスタディーズです」

 アジアスタディーズでは、日本の古典文学や中国やインドの芸術を含め、アジアについて広く学ぶのだが、この専攻を選んだのには理由がある。「国際ビジネスを展開する際には、お互いに相手国の文化や歴史を知ることが大切です。それを知らずに、プロダクトだけ売買しようとしても、決してうまくは行きません」。

 国際ビジネスを展開するには、互いに相手の国の文化や歴史を知ることが大切——そして私は思い出す。第二次大戦時、日本では、敵性言語として英語を学校教育から放逐したのに対し、米国は逆に、日本の言語・歴史・文化・国民性を徹底的に研究したことを。「彼を知り己を知れば、百戦して危うからず」という「孫子の兵法」を実践しているのは米国なのかもしれない。

●一橋大学大学院、NTTコミュニケーションズ、そして……

 同大学を優等で卒業した彼は、2001年に一橋大学の大学院に入学し、2年間MBA(経営管理学修士)コースで学んだ。この日本での2年間が、彼のその後の人生を大きく決定づけることになる。

 「GECO(ゲッコ)という会社を立ち上げました。ヤモリ(gecko)に由来しています。ヤモリは、ハワイでも、母の故郷の山口県でも、幸運を象徴する生き物と言われているんです。それと同時に、Gはグローバル、ECOはエコロジーとエコノミーを象徴しています」。

 ゴードンさんの深い想いが込められた社名のようだが、GECOではどのようなビジネスを展開しているのか?「エコロジカルな商品を扱う海外企業が日本市場へ参入するためのコーディネイト&コンサルテーションと、日本企業のグローバル戦略のコンサルテーションを行う会社です」。

 その初取引先となったのがNTTコミュニケーションズだった。「前社長のアドバイザーを務めました。同社のグローバルコミュニケーション担当のアドバイザー、海外メディア向けスポークスマンといった業務内容でした」

 2003年から2008年8月まで務めた彼は、この間に、日本のビジネス社会の価値観や体質を修得した。こうした貴重な経験を積みながら、しかし、同時に、ゴードン公爵家のDNAを継承する“お酒+貿易”のビジネスに本格参入してゆく。

●知られざるオレゴン・ワインの魅力を日本に伝える

 オレゴン州は、多くの日本人にとっては、それほど馴染み深い土地ではない。米国西海岸、カリフォルニア州の北に位置し、シアトルのあるワシントン州の南に当たる。「シリコンバレー」の北端からシアトルへと続くIT集積地帯「シリコンフォーレスト」の中心としても知られる。ナイキをはじめ、世界的企業も多数、本社を置いているエリアだ。また、鮭の世界的漁場であると同時に、コロンビア川はウィンドサーフィンの世界的メッカでもある。

 州都はポートランド市。どちらかと言えば、北海道のような気候とも言われるオレゴンだが、実は「ハワイの9番目の島」とも呼ばれているという。

 ハワイにはハワイ島、マウイ島、オアフ島、カウアイ島など8つの島がある。“9番目の島”とはすなわち、オレゴンはハワイと一体であるという親近感の表われに他ならない。なぜなのだろうか?

 「オレゴンは気候以外、ハワイにそっくりなんですよ。それで、ハワイからオレゴンに移り住む人の数がとても多いんです」

 なるほど、ハワイの人々を特徴付ける「アロハスピリット」に限りなく近い心をオレゴンの人々が持っているということなのだろう。

 2004年、彼は、オレゴンワイン(ピノノワール)を日本に紹介・普及するためのビジネスに取りかかる。

 「カリフォルニアワインは1950年ごろからビジネスとして発展しましたが、オレゴンは、1970年代から本格的に発展しており後発です。それに加えて、カリフォルニアではひとつひとつのワイナリーが大きいのに対して、オレゴンでは、独立系の中小零細が主体です。そういうこともあって、カリフォルニアワインは世界的な知名度を得ていますが、オレゴンワインは、まだまだ自国内消費が主体になっています」

 しかしオレゴンワインには、カリフォルニアワインにはない魅力がある、とゴードンさんは熱く語る。「オレゴンワインの魅力を是非、日本を初めとする海外の方々に知っていただき、それをきっかけにして、オレゴンの自然・歴史・文化・ライフスタイルに触れてもらいたいと願っているのです」

 その魅力とは、オレゴンワイン独自の、「サーモンセーフ」と呼ばれるバランスの取れたエコロジー思想に基づいて製造された品質の高さ、そして価格の手ごろさである。

 「サーモンセーフというのは、文字通り“鮭にも安全”という意味です。昨今はオーガニックが全盛ですが、100%オーガニックのワインは必ずしもおいしいわけではないし、価格も高いことが多い。それ以上に問題なのは、有機栽培の過程で、それが川に流れ込んで鮭が大量に死んでしまうという例が多々見られることです。TPOに応じて、有機肥料と化学肥料を使い分けるバランスが大切だということです。オレゴン州の『サーモンセーフ』とは、そういう意味です」

 そうした思想に基づいて作られるオレゴンワインに対する客観的評価は? 「オレゴンワインの“ピノノワール”と“ピノグリ”は、最近、ワールドクラスのワインとしての評価を獲得しつつあります。一例を挙げると、『オレゴンピノノワールセレブレーション』というイベント(IPNC)が、毎年7月にオレゴン州で開催されるのですが、そこにはフランスをはじめ、世界各国のソムリエが集まってきます」

●オレゴンワインのお勧め銘柄は?

 例えば、どんな銘柄がお勧めなのだろうか。「2006年に出たBelle Vallee(ベルバレー、美しい谷の意味)のピノノワールは、2007年度の『Wine Spectator's』において、世界のワイントップ100の61位にランクインしたんですよ」

 各国のソムリエの意見を集約すると、フランスのブルゴーニュの最高レベルに匹敵し、かつ価格はカリフォルニアの2分の1程度というから、確かに隠れた名品に違いない。

 しかし次の言葉には驚いた。「刺身には、ワイン、特に赤ワインは合わないことが多いですよね。でもこのワインは、とてもよく合うんですよ。ワイン自体の主張が強過ぎなくて、刺身を始め、いろいろな料理と調和するのです」

 和食にも合うというオレゴンのピノノワール。だとすれば、日本人の食生活にもフィットしそうだ。やはり、サーモンを食生活の大きな柱にしているオレゴンならではの土地柄ゆえか。「他のお勧めとしては、Viridian Wine(ビリジアンワイン)ですね。Viridianは新しいワイナリーなんですが、とにかく生産者が素晴らしい方で、将来大いに有望です。2006年のピノノワールは、非常にデリケートで軽いタッチの出来栄えで、今年のOregon State Fairでは銀メダルに輝きました。このワインも脂の乗った魚との相性が抜群で、マグロの刺身や寿司にとても合うんですよ」

 とはいえ、現在オレゴンワインは、日本では、まだ一部の店に置かれているだけだ。我々が身近なところで買えるようになるには、今後のゴードンさんの手腕に期待したいところだ。ちなみに筆者は、汐留シティーセンター42階の展望レストラン「オレゴンバー&グリル」で実際にオレゴンワインを飲んでみた。ここでは上記のBelle Vallee やViridian(12月初旬から)を飲むことができる。

 ゴードンさんは、満面の笑みでオレゴンワインについて語ったあと、そっと耳打ちしてくれた。「今年は、例年以上に良質のブドウが収穫できたんですよ。ですから、来年出るオレゴンピノノワールワインには、ご期待ください」

 世界の洋酒の歴史とともに歩んできたゴードン公爵家の血筋、テイ・ゴードンさんが、満を持して2008年に取り組み始めたもの——それこそが、ハワイのコナビールの日本への輸出・販売である。それは一体、どんなビジネスなのだろうか?(後編に続く)

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