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2008年12月08日(月) 15時54分

コルカタ〜マザーテレサの教会で死の意味を考える「銀色の轍」〜自転車世界一周40000キロの旅(111)〜Oh! MyLife

<前回までのあらすじ>
 地球一周40000キロを自転車で走る。壮大な夢を抱いて僕は世界へ飛び出した。旅立ちから1年半、自転車で走り続けることに疲れた僕は、しばし列車とバスを乗り継ぐ旅に。スリランカのコロンボでは、ささいなことで警察沙汰(ざた)となるもめ事を起こしてしまい、強い自己嫌悪に陥ることに。

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 12月19日、僕はコロンボからチェンナイ(マドラス)に飛んだ。そして同日の夜、東インドのコルカタ(カルカッタ)へ向かう2泊3日の夜行列車に飛び乗った。年末の列車は非常に混んでおり、その日の寝台しか空(あ)いていなかったのだ。2等寝台、3段ベッドの最上段で、僕はひたすら寝て過ごした。

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 かくして到着したコルカタはベンガル地方の中心、17世紀にイギリスが東インド会社の拠点を置き、植民地時代の首都にもなった街だ。フーグリー河に沿った巨大なモイダン公園には、イギリスが造ったウィリアム要塞(ようさい)が残り、白亜のビクトリア記念堂が建ち、上流階級の人々の社交空間となっていた。

 一方、繁華街チョウロンギ通りの裏手には、サダルストリートと呼ばれる安宿街があった。僕が泊まったのは日本人や韓国人が集まるパラゴンホテル。近所に酒屋があり、毎晩のように、屋上で宴会が開かれていた。

 パラゴンの宿泊者は、民族楽器にはまっている人が多く、インド太鼓のタブラーや、モルチュンと呼ばれる口琴の音色が夜闇に響いた。東南アジアから来た人が大半で、互いに顔見知りだったり、共通の知人がいたりして、会話の中に固有名詞が飛び交っていた。みなタイやカンボジアの話題で盛り上がっていた。

 「カオサンでは普段どこに泊まってるんですか」

 僕の旅が長いと知って、隣の男性がそう質問してきた。

 「いや、特にないですけど」

 カオサンとはバンコクにある世界最大の安宿街であり、バックパッカーの聖地とも言われる場所だ。僕は学生時代に訪れたことこそあれ、さして詳しくはなかった。

 逆に中東やアフリカの話をしたくとも、話題に乗ってくれそうな相手はいない。パキスタンから西へ来る旅行者と、インドにとどまる旅行者で、漠然と毛色の違いがあった。宴会の輪の中に入ってはいたものの、僕はほのかな疎外感を抱いていた。

 パラゴンの前には小さな露店があった。関西弁ぺらぺらの男が、絵はがきやお香を売っていた。その彼が僕を見るなり言った。

 「お兄ちゃん、自転車やっとるやろ」

 「なんで分かる?」

 僕は驚いた。自転車はバラナシに置きっぱなしであり、人より多少日焼けはしていたが、もともと線は細いほうである。

 「そりゃ分かるわ」

 彼は平然と答えた。しかし、言い当てた理由は教えてくれなかった。

 (チャリか……)

 久しぶりに僕は、ちょっと乗りたい気分であった。

 コルカタはまた、マザーテレサの活動拠点としても知られている。彼女が建てた神の愛の宣教会は、今も貧者、病人、障害者らに対する慈善活動を行っていた。旅行者の短期ボランティア参加も可能で、僕はパラゴンで出会った何人かと連れだって、「死を待つ人の家」と呼ばれるその施設の1つを訪れた。

 受付は朝7時。教会本部でパンとバナナの朝食をもらったあと、各自割り当てられた持ち場に移動する。施設内はさして広いわけではないが、男女別のベッドがずらりと並び、その数はざっと50を超えていた。交通事故の被害者など、ろくな手当ても受けられず、悪化した状態になって運ばれてくる場合が多いと聞いた。

 食事の配膳(はいぜん)、シーツの洗濯、掃除など、すべき作業はたくさんあるのだが、僕ら一見さんのボランティアは、要領が分からず、どうしても指示待ち族になってしまう。一方で、長く働いているボランティアも少なくなく、中には数ヶ月、ここで働くことだけの目的でインドに来たという女性もいた。

 僕が参加したのは1日だけ、それも午前中だけの限られた時間だったが、その間にも白い布にくるまれて運び出される遺体を見た。

 白い布を見送りながら、僕はふと、チェンナイからの夜行列車で読んだ雑誌の記事を思い出した。インドの中流階級の間で最近自殺率が高まっているという内容で、映画女優を目指していた若い女性の自死が具体例として挙げられていた。

 インドでは大ざっぱに9億人が貧困層、残りの1割がそこそこ金持ちの中流階級だといわれている。貧困層の中には、路上で生まれ、ストレートチルドレンとして育ち、人知れず死んでいく者が多い。このような施設で手当てを受けられる者は、たぶん、まだマシだ。一方で、彼らの数十倍、数百倍の富を手にできる環境に生まれながら、何かに絶望し、自ら命を絶つ人が増加しているというのは、なんという皮肉だろうか。

 「日本て、自殺が多いんだろう?」

 いつだったか僕は、西洋人に問われたことがあった。反論ができなかった。僕の知り合いにも一人、自殺の道を選んだ人がいる。

 (幸せってなんだろう? 生きるって、死ぬってなんだろう?)

 深遠な思考の迷路に迷い込みながら、僕はマザーテレサの教会をあとにした。
マザー・テレサが活動した「死を待つ人の家」。内部には彼女の足跡を展示する一室もあった(撮影:木舟周作)

【2002年12月23日
 出発から26593キロ(40000キロまで、あと13407キロ)】

<次回予告>
 自転車を預けたバラナシでは、予期せぬ古い遭遇と、新たな出会いが待ち受けていた。(11月21日ごろ掲載予定)

(記者:木舟 周作)

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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081208-00000001-omn-int