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2008年12月02日(火) 00時00分

【動き出す制度】(5)公正な審理 どう実現読売新聞

模索続く「候補者選定」

東京地裁の模擬選任手続きで、半田靖史裁判長(中央奥)から質問を受ける裁判員候補者(手前、11月11日)

 「公平誠実に職務を行うことを誓います」。半田靖史判事(52)は、裁判員に選ばれた6人の宣誓を聞くとすぐ、隣の待機室に出向き、残る24人に頭を下げた。「皆さんは選任されなかったので、お帰りになって結構です」。11月11日午前11時。東京地裁の模擬選任手続きは、開始から1時間半で終了した。

 この日は、集まった30人の市民らが、大型モニターに映し出された被告の名前や殺人事件の概要を見ながら、当日用の質問票に記入することから始まった。質問票には、〈1〉被告や被害者と関係があるか〈2〉報道などを通じて事件をどの程度知っているか——などの設問が並んでいた。

 裁判員法の規定では、事前に被告を犯人と決めつけているなど、裁判官が「不公平な裁判をする恐れがある」と認めた候補者は裁判員になれない。その判断は、質問票や裁判長が候補者に口頭で行う質問への回答をもとに行われる。

 検察、弁護側も、直接質問はできないものの、候補者への質問を裁判長に求められる。また、明確な理由は示せないが「不公平な判断をしそうだ」と感じた候補者を各4人まで、裁判員に選ばないよう請求できる。

 昨年5月、東京地裁で初めて行われた模擬選任手続き。暴力に耐えかね、愛人の女が包丁で男を刺し殺した事件が題材だった。弁護側が求めた質問は、候補者の学歴や職業から、「女性が男性に反論することを許せるか」にまで及んだ。女性被告に不利な判断をしそうな候補者を見極めるための質問が多く、裁判長は大半を却下した。

 各地の模擬裁判では、責任能力に関する候補者の考えを問うよう、弁護側が求めるケースも目立つ。責任能力がない心神喪失の人に刑罰を科すことはできないが、「たとえ心神喪失でも人を殺害したら、無罪にはできない」と考えている候補者がいる可能性もあるため、あらかじめ除外しておこうという狙いがある。

 こうした質問もほとんど却下されている。ある刑事裁判官は「評議で裁判官から説明を受けると、責任能力について、きちんと理解できる人も多い。被告に不利な判断をしそうかどうかという基準で候補者を外すのではなく、まず、充実した審理や評議を実現することが先決だ」と話す。

 米国の陪審制度では、弁護側、検察側の双方が、候補者の経歴や生活ぶりを調べ上げた上、自らに有利な陪審員の構成にするため、選任手続きに数日〜数週間もかけることがある。

 日本弁護士連合会裁判員制度実施本部の西村健事務局長(50)は「例えば、タクシー運転手が仕事中に車内で殺された事件で、タクシー運転手が裁判員になれば、客観的な判断ができない可能性がある。そういう場合は職業を尋ねてもいいのでは」とし、裁判所がもう少し広く質問を認めるべきだとの考えを示す。

 一方、ベテラン裁判官は「検察官や弁護士が戦略的に候補者を排除していくことは、広く国民から裁判に参加してもらうという裁判員制度の趣旨になじまない」と語り、検察幹部は「候補者への質問は裁判長に任せるのが望ましい」と指摘する。裁判員を選ぶ過程で、どのような質問をすればいいか。法曹3者で試行錯誤が重ねられている。(おわり)(この連載は、裁判員制度取材班が担当しました)

http://www.yomiuri.co.jp/feature/20081128-033595/fe_081202_01.htm