記事登録
2008年12月01日(月) 13時03分

’08記者リポート:富山 視覚・聴覚障害者が裁判員に選ばれたら… /富山毎日新聞

 ◇模擬裁判を傍聴して
 ◇情報、十分伝わるか懸念 手話通訳者の要員確保も課題−−「障害」多様さ理解を
 裁判員制度スタートまであと半年。11月18〜20日、富山地裁で開かれた模擬裁判では視覚、聴覚障害者が公判を傍聴したり、一部の手続きを体験したりする取り組みがあった。審理で図面を見ることや録音などを聴くことが不可欠な裁判でなければ、視聴覚障害者も原則、裁判員に選ばれる。コミュニケーション手段に障害を持つ人たちが不自由なく参加するため、どんな配慮が必要なのか。模擬裁判参加者の声から考えた。【蒔田備憲】
 ◇初めての裁判
 模擬裁判で審理された事件は、飲酒運転での事故で1人が死亡し、男性被告が危険運転致死罪に問われたとの想定。裁判員はすべて健常者だった。
 うまく参加できるか——。富山県視覚障害者協会理事の塘添(とうぞえ)誠次さん(59)と同県聴覚障害者センター施設長の小中栄一さん(54)は、裁判を初めて傍聴、見学した。
 ◇視覚障害
 「何かご用は」。休廷中、傍聴席の塘添さんに地裁職員が声を掛けた。職員の右腕をつかみ法廷を出た。傾斜や段差のある通路では声を掛け、歩く速度を緩めた。職員が移動介助をしてくれるか不安だったが、「対応は丁寧。会のメンバーにも安心と報告できる」。
 傍聴は携帯型点字板でメモを取りながら。検察官は「モニターを見てください」と裁判員に促し、冒頭陳述や論告を進めた。評議でも、「資料のここに書いてあります」などと説明。「耳で聞いてもすべては記憶できない。資料を読みながら評議する他の裁判員と理解に差が出ないか」。塘添さんは危ぶむ。
 視覚障害者側の不安に対し、地裁は「必要な時は裁判官が口頭で補足する」と強調する。石川、福井の各地裁と具体的な交渉をまだ行っていない両県の視覚障害者団体は、これから各県内の当事者たちに不安や要望について意見を聴く方針だ。
 ◇聴覚障害
 被告人質問。小中さんは裁判員席の脇に座り、被告のそばの手話通訳者をじっと見つめた。通訳者は、検察官や弁護人の質問と被告の発言を、自らの体の向きを右、左と変えて発言者を示しながら伝えた。「見やすい通訳者の位置を確保してもらえた。大まかな流れはつかめた」と小中さん。だが「審理は質問や回答のペースが速く、追いかけるのが精いっぱい」。
 評議はさらに厳しかった。量刑について矢継ぎ早に意見が飛び交う。「誰がいつ話し出すか分からず、ついていけない」。模擬裁判後、「議論が活発なほど、聴覚障害者は理解も発言も難しくなる。裁判所、裁判官だけでなく、裁判員の配慮も不可欠です」と参加者に訴えた。
 通訳者も不安がる。もう1人の手話通訳者と15分ごとに交代して被告人質問に当たった高道恵美子さんは「腕と頭の疲労を考えれば半日が限度」。裁判員制度では3日間の日程が一般的とみられる。すると、1裁判に延べ12人が必要となる。
 手話通訳を担うのは全国統一の「手話通訳士」の有資格者。北陸では、富山9人、福井6人、石川十数人に過ぎない。石川県手話通訳士会の佐藤香苗会長は「近隣県で協力しながら態勢を整えたい」と語る。
 ◇模擬裁判を終え
 「健常者と同じ情報や判断材料を得られるのか」。塘添さんの言葉は視聴覚障害者に共通の思いだ。法廷手話通訳など法曹三者では解決できない問題もある。行政や民間と共に、必要な手だてを検討できないだろうか。
 2人は「障害について理解を広げることも必要」とも指摘。「視覚障害者」「聴覚障害者」と一口に言うが、弱視・難聴者から生まれつき障害を持つ人、中途失明・失聴まで多様だ。点字を読めない人や手話が分からない人もいる。小中さんは「必要な支援も違う。裁判所や裁判員に理解されるよう働きかけたい」と力を込めた。

12月1日朝刊

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081201-00000140-mailo-l16