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2008年11月02日(日) 12時24分

「人違い拉致」原因はアロハシャツ ミスの連発の犯行グループ産経新聞

 東京都町田市で9月、男性が人違いから拉致される事件があった。ほどなく犯行グループは人違いに気づいて解放したが、間違いのきっかけは主犯格が犯行前の下見で目にしたベランダに干してあったアロハシャツだった。犯行グループは、「身内」の意外な行動により“御用”となるが、隣室というだけで間違われてはたまったものではない…。

 ■住宅街に響き渡る「助けてくれ!」

 9月17日午前10時ごろ。東京都町田市原町田の住宅街。男がウィークリーマンションの一室のインターホンを鳴らした。

 「浄水器、いりませんか?」

 「いらない」

 室内からは、そっけない返事が聞こえた。

 男は営業マンなどではない。室内にターゲットの男性がいるのかを確認しただけだった。

 20分後。玄関に1人、ベランダ側に2人。そして連れ去り用の車の中…。屈強な男たちが部屋の周囲を取り囲んでいた。

 ベランダ側の男が消火器を手に取り、ガラスを割った。ほどなく、男性会社員(37)の恐怖の叫び声が住宅街に響き渡った。

 「助けてくれ! オレじゃない!」

 庭いじりをしていた近所の主婦(65)は、作業の手を止めて、声のする方向に目をやった。主婦が目撃したのは、助けを求める男性を無理やり車に連れ込む男たちだった。男性は引きずられるように車に押し込まれていった。

 平日の午前中とはいえ、現場は小田急線の町田駅から6、7分という人通りの多い場所。犯行の一部始終は、多くの住民が目撃していた。

 「2人くらいの白いシャツの男が、男性を車に連れ込んだ」「春日部ナンバーのワゴン車だった」

 110番通報が多数寄せられ、町田署員が現場に急行した。

 ■合わない話の辻褄、ひょっとして…

 騒がれて住民に目撃されるという失態を犯した犯行グループは、車中でもっと大きな失敗を犯していたことに気づく。

 男性に仕事や名前を確認するが、一向に話が合わないのだ。失敗を決定づけたのは、男性が持っていた免許証だった。

 そこには、狙っていた人物とはまったく違う名前が書かれていた。

 人違い…。

 町田街道を走るワンボックスカーの車内は、重苦しいムードが漂った。見ず知らずの男たちと恐怖の7分間を過ごした男性は、マンションから4キロほど離れた町田市金森の路上でようやく、車から降ろされた。

 男2人は、車のナンバーを覚えられないよう車が見えなくなるところまで男性を連れて行き、ようやく解放した。

 「(警察には)仲間うちのケンカだと言ってほしい」

 それが、逮捕を恐れた男らが考えた精一杯の言葉だった。

 男性は裸足で自宅に向かって歩き始めるが、車中には男性のポーチが残された。中には男性の車の鍵が入っていた。男たちは犯行のアシがつくのを防ぐため、近くの公園でその鍵を捨てた。

 被害者の男性とも面識はないため、犯行グループと男性を結びつける物証はこれでなくなった。だが、身内の思わぬ行動からグループに足がつく。

 ■良心の呵責か? 贖罪か? グループの1人の「善行」

 グループの一員の防水工の男(29)は意外な単独行動にでる。

 犯行翌日、男は公園に戻り、捨てたはずの鍵を拾った。そして男性に届けるため、ひとりでマンションを訪ねたのだ。しかし男性は留守だった。

 さらにその翌日にも、男は男性宅を訪ねた。この時男性の部屋では、自分が割ったガラスの修理が進められていた。

 ここで諦めてもおかしくないが、よほど申し訳ないと思ったのか、男は車中で聞いた男性の会社の名前を思いだした。

 「鍵を返しに行く」

 男性の会社に、名前を名乗らない不審な電話があったのは犯行から2日後のことだった。男性は早速、警察に連絡。そこに捜査員が待っているとはつゆほども思わず、鍵を手にのこのこと会社に現れた男は、監禁致傷などの疑いで逮捕された。

 この逮捕をきっかけにグループが特定され、住居侵入や監禁致傷容疑で、韓国籍で指定暴力団山口組系組員、申昌吉容疑者(34)=川崎市中原区小杉陣屋町=ら男4人が逮捕された。グープは全部で6人とみられ残る1人は逃走中だ。

 そもそもなぜ人違いが起きたのか。ことの顛末(てんまつ)は事件の1週間前にさかのぼる。

 ■間違いの始まりは干してあったアロハシャツ

 「本来のターゲットの男性は、被害者の男性の隣の部屋に住んでいた。犯行グループは目印となっていたアロハシャツをベランダ側から見て、部屋番号を確認しないまま入ってしまった」(捜査幹部)

 申容疑者は1週間ほど前に、逃走中の男と2人で現場のマンションを下見していた。そのとき、ターゲットの男性のベランダに干してあったのが、アロハシャツだったというのだ。

 さらに下見の際、ターゲットの部屋では、数人の人物が出入りしていた。

 仲間を集めないと失敗する可能性があると思ったのか、犯行当日、申容疑者は一緒に下見をした男のほか、防水工や大工をしている屈強な地元の友達など計5人を集めた。

 6人はベランダ側から室内をのぞくと、1階にアロハシャツが干している部屋を確認。本来のターゲットである住人の隣の部屋だったが、たまたまその日に限ってアロハシャツが干してあった−。

 これが人違いの始まりとなったというのだ。

 「貸した金を返してもらうため、集金を頼んだだけだ」

 逮捕後、首謀者とみられる申容疑者は、警視庁の調べにこう言って容疑を否認しているという。

 ところで、真のターゲットだった隣人の男性はその後、隣室で起きたただならぬ事態に驚いてマンションを解約したという。

 申容疑者が言うように、男性に金銭の貸し借りはあったのか。警視庁はまだ、この男性から話を聞けていない。

 隣人の借金のために事件に巻き込まれてしまってはたまったものではない。

 ■人違い事件は意外に多い?

 人違いで事件に巻き込まれるケースは枚挙にいとまがない。

 記憶に新しいところでは、平成19年11月に佐賀県武雄市で起きた入院患者殺人事件だ。

 殺人容疑で逮捕された指定暴力団組員の男は、以前その病室に入院していた対立する暴力団関係者と間違えて、何の関係もない入院患者の男性を射殺した。

 暴力団組員による人違い殺人事件は13年にも起きている。千葉県柏市の路上で韓国人留学生=当時(24)=が、抗争相手の関係者と間違えられ、射殺されたのだ。直接狙う相手の顔を知らない“ヒットマン”が請け負う暴力団の犯行では、人違いが起こりやすいといえる。 

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