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2008年08月26日(火) 13時14分

韓国・蜜陽の表忠寺を訪ねてオーマイニュース

 地図を見れば、記事「不可解! 熱夏に結氷し、真冬に熱い湯気を噴き出す渓谷」で紹介したオルムゴルと表忠寺(ピョチュンサ)はすぐ近くです。だけど車は天皇山(チョヌァンサン)をぐるりと回ってその南側にいくので、思いのほか時間がかかりました。

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 天皇山塊の載薬山(チェヤクサン)を背景に、広々した境内を持つ表忠寺です。表忠寺については日本にかかわりのある話だけでもたくさんありますが、ここでは創建者の元暁(ウォニョ)に絞ってお話ししましょう。

 韓国では、元暁大師の名が至るところで見られます。ソウルの漢江にも、元暁大橋が架かっています。竜山電子商街にも元暁電子商街があります。これらは単に、お名前拝借に過ぎませんが、あちこちに元暁寺がありますし、元暁が修行したといわれる寺もたくさんあります。それほど親しまれたお坊さんです。

 元暁は新羅から統一新羅に至る、動乱の時代のお坊さんです。生まれてから亡くなるまで、いろんな逸話にかざられていますが、ここでは2つだけ紹介しましょう。

 元暁は、同じく新羅の僧である義湘(ウィサン)とともに、唐への留学を試みます。一度目は650年。まだ三国時代です。途中で高句麗(こうくり)軍につかまり、目的は果たせませんでした。

 次に661年。このときすでに百済(くだら)は、唐と新羅の連合軍に敗れていて、百済の港を使うことができました。唐の地への船待ちに雨の中、2人は山中の洞窟(どうくつ)で一夜を過ごします。夜半、のどの渇きを覚えた元暁が手探りすると、水が入ったわんがありました。冷たい水は心まで癒やし、安らかな眠りにつきました。ところが翌日目覚めてみると、昨夜のわんは、人間の頭蓋(ずがい)骨でした。途端に内臓まで吐き出すほどの、激しい嘔吐(おうと)に見舞われました。

 そのとき元暁は、脳天が雷に打たれたような衝撃を受けました。昨夜の命の水が、頭蓋骨のわんに入っていたと知った途端に、七転八倒の嘔吐をもたらす。すべてのものごとは、おのれの気の持ちようで決まるのだ、と。

 一切は「唯心」のなせる業(わざ)。元暁は静かに瞑想(めいそう)し、悟りを確信しました。そして義湘に自分の意をつげ、入唐をとりやめ、慶州にもどりました。

 元暁の翻意を知っても、義湘はそれに同意をするのでもなく、また反対をするのでもなく、自分は初期の目的通り入唐を果たしました。

 元暁は慶州の芬皇寺で、あらゆる仏典を研究し、『華厳経疏』などを著し、ついには中国の仏教学者にも影響を及ぼす思想家になりました。

 唐で学んだ義湘もやがて芬皇寺に帰り、ともに新羅仏教を確立しました。

 もう1つの逸話は、搖石公主との出会いで、なかなか面白いのですが、ここでは省略します。要は、元暁が肉食妻帯した最初の僧であるということです。そして薛聡(ソルチョン)という息子をもうけました。つまり元暁は破戒僧になりました。

 元暁の「人間の営みを否定するのが仏の教えではない」という思想は、韓国よりむしろ日本で受け入れられたように思われます。

 東大寺の前身、金鐘寺に招かれた新羅僧の審祥などを通じ、新羅の華厳宗はいち早く日本にも伝わりました。

 元暁が亡くなって半世紀もたたない奈良時代の日本に、元暁の著した書物が50冊も来ていることが、正倉院文書に記されています。元暁の著した『金剛三昧経論』は中国にも渡りました。

 山にこもって修行をする聖人ばかりが救われるのではない、凡人こそ救われるのだといって山から下りて民衆の中に入っていった姿勢は、法然の浄土宗・親鸞の浄土真宗・一遍の時宗に受けつがれました。

 法然の『選択本願念仏集』の上三丁に、「元暁の『遊心安楽道』にいわく、浄土宗の意、本、凡夫の為にし、兼ねて聖人の為にすと」と書かれています。元暁にならって法然は、山を下って民衆の中に入って教えを説きました。

 法然に出会った親鸞がその後、29歳で入信しました。ここで親鸞は法然の『選択本願念仏集』の書写を許されました。そのときの喜びを親鸞は「真宗の簡要、念仏の奥義、これに摂在せり。これ希有最勝の華文、無上甚深の宝典なり」と表現したということです。

 高山寺の開祖、明恵上人は元暁・義湘を尊敬し、『華厳宗祖師絵伝絵巻』を残しています。絵は鳥羽僧正とも藤原信実ともいわれ、確かではありませんが、詞は明恵上人が書いています。元暁悟りの説話を、明恵は元暁絵にも義湘絵にも記しています。現在、義湘絵は京都国立博物館、元暁絵は東京の国立博物館に保存されています。

(記者:塩川 慶子)

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