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2008年08月26日(火) 12時01分

1つ10ドル:低価格なオンチップの超小型顕微鏡、医療分野で期待WIRED VISION

人体に埋め込まれた顕微鏡が、がん細胞を自動的に識別する——こんなことが、レンズを使わない顕微鏡によって近未来に実現するかもしれない。

この顕微鏡は、カリフォルニア工科大学の研究者らが7月28日(米国時間)に『米国科学アカデミー紀要』(PNAS)のオンライン版で発表した論文で取り上げているものだ。

消費者向けのデジタルカメラに広く用いられている技術を応用したこの顕微鏡は、チョコレート菓子『M&M』1粒ほどのサイズながら、光学顕微鏡に匹敵する解像度を実現できるという。

しかも価格は光学顕微鏡より格段に安く、[量産されれば]おそらく1台につき10ドル程度に抑えられる見込みだ。

「これは安価で小型、かつ高解像度の顕微鏡を開発しようという初の試みだ。そのような顕微鏡は今のところ存在しない」と、今回の論文の筆頭執筆者であるカリフォルニア工科大学のChanghuei Yang准教授は語る。

光学顕微鏡は17世紀に実用化されて以来、その設計がほとんど変わっていない。DNAマイクロアレイなど、ハイスループットの化学分析装置がいろいろと開発される中で、光学分析は今なお大部分が手作業のままだ。

コンピューターチップに載せられる顕微鏡が実現すれば、光学顕微鏡と比較しての利点は、小さいということだけにとどまらない。その設計によって、光学的計測の自動化が容易になる可能性も開けてくる。

この顕微鏡の用途の1つとして想定されているのが、生体内で自動的にがん細胞を選別することだ。

「この装置を体内に埋め込み、血球に混じって[血流内を]循環しているがん細胞を見つけることが可能なら、さらに踏み込んでこれらのがん細胞を選別することも考えられる。がんの転移を遅らせる方法として、この装置を利用できる可能性がある」とYang准教授は語る。

「光学流体顕微鏡(optofluidic microscope)」と呼ばれるこの顕微鏡で用いられている手法のヒントとなったのは、飛蚊症のメカニズムだ。飛蚊症とは、視界に蚊や糸くずのようなものが見える症状で、眼球内の浮遊物がレンズを通過せずに直接網膜の近くを横切ることで起こる。Yang准教授はこのメカニズムから重要なヒントを得て顕微鏡に応用した。

「顕微鏡レベルの画像を得るのに、あれやこれやの専門的な光学機器は必要ない。必要なことはただ1つ、観察対象をセンサーアレイの近くに持ってくることだけだ」とYang准教授は話す。

具体的には、[デジタルカメラなどに使われている]CCDイメージセンサー・チップに人工網膜の役割をさせる、とYang助教授は説明する。

これに、[試料を含んだ液体を流すための]マイクロ流体デバイスを加えれば、ベルトコンベアーの要領で、観察したい試料をCCDチップの近くまで運んでこられる[観測時には、試料をマイクロ流路に注入し、重力や電荷をかけて流す仕組み]。

だが、これだけでは十分な解像度が得られないため、チームはCCD[チップのグリッド]を金属の層で覆い、そこに等間隔で穴を空けた。それぞれの穴は、その下にある[チップのセンサーアレイの]画素1つ1つに対応している。このシステムは、ある穴からの光が別の穴からの光と干渉しないように調整されている。1つの穴はそれぞれ1列ぶんの画像を記録し、それらを[画像処理アルゴリズムによって]合成すると、高解像度の画像全体が完成する。

同じ対象を撮影した画像で直接比較してみよう。Yang准教授の顕微鏡(上側)でも、通常の光学顕微鏡(下側)と同等の解像度が得られることが一目瞭然だ。なお、この画像に写っているのは、遺伝子研究によく使われる線虫の一種(学名:Caenorhabditis elegans)だ。

得られる画像の質が高く、システムも低コストとあって、この顕微鏡は他の研究者からも大変な賞賛を浴びている。

「私はYang准教授の研究を大変高く評価しており、今後非常に重要なものになると考えている。この研究は間違いなく、この分野の最先端を行くものだ」と、マサチューセッツ工科大学(MIT)のMichael Feld教授(物理学)は語る。同教授は、MITのGeorge R. Harrison分光学研究所の所長を務める人物だ。

Feld教授は、Yang准教授のシステムの利点として、仕組みが単純で安価でありながら、標準的な顕微鏡に匹敵する解像度を達成していることを指摘した。

しかし一方で教授は、極めて小さな物体の画像をとらえるという課題に従来と異なったアプローチで取り組んでいるのは、Yang准教授の研究室だけではないとも述べる。

「顕微鏡は目下、光学および分光学の最新の研究成果によって大きな変化を遂げつつある。刺激的な新しいアプローチが数多く存在し、これはそのうちの1つだ」とFeld教授は語った。

とはいえ、Yang准教授の超小型で安価な顕微鏡は、ほとんどすぐにでも実用化が可能だ。同准教授はごく近い将来、開発途上国向けに疾患の特定用システムを開発することを構想している。システムの予想コストはわずか100ドルで、携帯電話もしくは現場の専用デバイスに組み込むことが可能だ。

「(顕微鏡を)非常にコンパクトに作れるため、システム全体を『iPod』のサイズに収めることも考えられる」とYang准教授は言う。

用途が何であれ、実用化はごく近いうちに実現するかもしれない。Yang准教授の研究室は現在、顕微鏡の量産化に向けて複数の半導体メーカーと交渉中だ。

顕微鏡は目下のところ、研究室の大学院生1人が2日で1台を組み立てているが、量産化が始まれば、顕微鏡を百台単位で生産できる。その時こそ、ハイスループットの光学顕微鏡が現実のものになるのだ。

また、Yang准教授らは現在、画像処理ソフトウェアの開発チームと連携して、細胞の特定と画像化を自動で行なうシステムを完成させようとしている。

「われわれは、ソフトウェアを使って、目的の細胞を自動的に特定することに取り組んでいる。これなら血液を一滴垂らすだけですむ」と、Yang准教授は語った。

[リリースはこちら。『EE Times』の記事(日本語版)はこちら]

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080826-00000002-wvn-sci