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2008年08月25日(月) 18時21分

オバマ対マケイン、次の「カウボーイ」は誰か?オーマイニュース

 米大統領選挙の投票日まで2カ月半を切った。民主党は8月25〜28日にコロラド州デンバーで、共和党は9月1日〜4日にミネソタ州セントポールで、それぞれ党全国大会を開き、バラク・オバマとジョン・マケインを候補者として正式に指名する。

 オバマは8月22日、外交に強く上院議員歴35年のベテラン、ジョー・バイデンを副大統領候補に選んだ。マケインの人選も数日以内に発表される見通しだ。

 そんな中、ロサンゼルスにある博物館で、タイムリーかつ興味深い展示が開かれている。その名も、「カウボーイと大統領」(Cowboys and Presidents)。

 西部劇や文学に描かれてきたカウボーイは、勇敢で飾り気がなく、向こう見ずで危険な面もあるが、自由と正義を愛するヒーロー。実物を見たことがなくてもブーツとハットを目にするだけで、アメリカ人なら誰でもイメージできるキャラクターだ。

 展示は、大衆文化のアイコンとしてのカウボーイが政治といかに深くかかわり、大統領の人格や政策を国民に伝えるために利用されてきたか、豊富なコレクションをもとに考察している。

 カウボーイ大統領といえば、テキサス出身で、「敵か味方か、白か黒か」と迫って戦争に走り、「カウボーイ外交」(cowboy diplomacy)と嘲笑(ちょうしょう)を浴びたブッシュ現大統領が思い浮かぶ。2004年の再選を祝うパーティーで、タキシードの下にカウボーイブーツを履いて登場したブッシュを、民主党支持者たちは苦い思いで見つめたものだ。

 しかし展示によれば、20世紀のすべての大統領が出身地や党派に関係なく、競うようにカウボーイに自身を重ね、国民もまた、それを受け入れてきたという。

 19世紀以前の大統領は、丸太小屋の前で汗を流して薪(まき)を割るリンカーンの肖像画のように、勤労で質素な入植者や軍人のイメージが強かった。カウボーイは辺境で家畜を荒らす悪者であり、大統領にとって退治すべき敵だった。それを変えたのが、20世紀最初の大統領セオドア・ルーズベルト(1901〜1909)だ。

 ニューヨークの裕福な家庭に生まれハーバード大卒のルーズベルトは、投資目的で買ったダコタの牧場で3年間過ごし、乗馬やロープなどカウボーイの技を身につけた。その体験を本にし、後に米西戦争で従軍した際、連隊にカウボーイを連想させるラフ・ライダー(荒っぽい乗り手)と名付けて戦功を挙げ、政治家への道を駆け上がった。

 懐疑的なメディアは、ルーズベルトを暴君と呼び、荒馬にまたがって2丁拳銃をぶっ放す風刺画を描き続けた。マッキンリー大統領の暗殺で、副大統領だったルーズベルトが後を継いで就任した際、「ばかなカウボーイが大統領になってしまった!」と見出しをつけた雑誌もあったほどだ。

 しかし国民は、カウボーイ精神を国家の活力ととらえて歓迎した。ルーズベルトにささげられた、カウボーイが主人公の小説「The Virginian」(1902年出版)は200万部以上売り上げて、映画や舞台にもなった。ハリウッドも西部劇の製作に力を入れ、カウボーイは名実ともに個人主義と民主主義を象徴するヒーローになった。

 ルーズベルトは任期中も、西部を回ってロデオに参加したり、クマ狩りに出掛けたりする一方で、軍事力を強化し、世界の紛争に仲介する姿勢を強めた。カウボーイ外交という言葉が生まれたのはこの時だ。

 タフで公平、1匹狼でありながらアプローチャブル(近づきやすい)な存在——。そんなカウボーイのイメージこそ国民が大統領に求める姿であり、有権者にアピールする強力なメタファーになることに、ルーズベルト以降の大統領候補たちは気づいた。

 メディアも「カウボーイらしさ」を大統領にふさわしい資格(cowboyまたはwestern credentialと言う)として扱うようになった。ピンバッジなど選挙のメモラビリアもバンダナやブーツを模したものが作られた。

 アイゼンハワー(1953〜1961)は就任式典で、本物のカウボーイにロープを投げさせて自ら引っかかるという演出をした。クーリッジ(1923〜1929)はホワイトハウスに記者を集め、ウエスタン風の衣装で機械仕掛けの馬に乗ってみせた。トルーマン(1945〜1953)は、支持者にもらったむちを手に「議会で法案を通す時に使う」と宣言した。

 お気に入りの映画に西部劇を挙げる大統領も多い。クリントン(1993〜2001)は、ゲーリー•クーパー演じる保安官がひとりで無法者集団に立ち向かう「真昼の決闘」が大好きで、弾劾された自身に重ねたのか、ホワイトハウスで30回も上映した。

 不景気や戦争になると、カウボーイ役の人気俳優がホワイトハウスに招かれ、兵役参加や国債購入を呼びかけて国民の士気を高め、大統領への支持を取り付けるのに一役買った。

 側近がカウボーイを演じることもある。下半身が不自由だったフランクリン・ルーズベルト(1933〜1945)は、副大統領にテキサス出身でカクタス(サボテンの意)の愛称を持つ上院議員を選んだ。

 遊説先でカウボーイハットを差し出され、「髪が乱れるから」とかぶるのを断ったケネディ(1961〜1963)の代わりに西部の票を集めたのは、テキサス出身で牧場主のジョンソンだった。

 そのケネディも、ロサンゼルスで行った指名受諾演説「ニュー・フロンティア」で西部の開拓精神に言及している。ダラスでケネディが暗殺されたとき、逮捕されたオズワルドを連行したのは、カウボーイハットをかぶったテキサスの騎馬隊だったという。

 このように、カウボーイのイメージはアメリカ政治の心象風景にモザイクのように埋め込まれている。オクラホマ大学教授で展示のキュレイターを務めたバイロン・プライス氏は、

 「(カウボーイのイメージを)上手に呼び覚まして使えるかどうかで大統領としての成功が決まる」

と語る。

 最も成功したのは、レーガン(1981〜1989)だ。俳優時代に出演した西部劇は数えるほどしかないが、選挙ポスターにカウボーイ姿の写真を多用。普段はイングリッシュ式で乗る乗馬も、カメラの前ではウエスタン式に変える徹底ぶり。カリフォルニアに購入した牧場を「もうひとつのホワイトハウス」と呼び、デニムとブーツ姿で大規模減税法案に署名したのも、ゴルバチョフ大統領を招いて共にカウボーイハット姿で談笑し、冷戦の終結を示したのも、この牧場だった。

 21世紀、ブッシュ政権の支持率凋落(ちょうらく)に伴って、カウボーイは「子供じみて一方的で抑えが利かない」という否定的なイメージに変わった。2006年7月、TIME誌は表紙にカウボーイハットの絵を用いて「カウボーイ外交時代の終焉」(The End of Cowboy Diplomacy)と予告した。

 しかし、2008年の予備選が始まるや、ジュリアーニ、トンプソンら候補者たちは遊説先でカウボーイ姿になった。反ブッシュの先鋒(せんぽう)に立ち「カウボーイはもう十分」と訴えていたヒラリー・クリントンも、オバマとの差が開くにつれてタフなイメージを演出し、ウイスキーをショットであおり、銃所有者を擁護する発言を始めた。オバマはこれをミュージカル「アニーよ銃を取れ」の主人公(カウガール)になぞらえて揶揄(やゆ)したが、逆にクリントンの支持は広がった。

 ロサンゼルスの展示は、印象的な2枚の写真で終わっている。アイオワで支持者が差し出すカウボーイハットにサインするマケインと、テキサスでボランティアが渡したカウボーイハットをかぶるオバマ。

 「『カウボーイの力』にはどの候補者も抗えない。言葉を尽くして説明するより多くのことを一瞬で伝えてしまう。たかがイメージと侮ってはいけない」

とプライス氏は言う。

 マケインはアリゾナ州選出で、愛称のマーベリック(1匹狼の意味)は、19世紀テキサスに実在した開拓者の名前に由来する。カウボーイ神話を喚起する素地(そじ)は整っている。

 一方、ハリウッド映画は描かないが、歴史上、西部開拓に活躍したカウボーイの1〜2割は黒人だった。オバマも、カウボーイを演じて不思議はないはずだ。

 今回の選挙では、コロラド、ネバダなどロッキー山脈周辺の西部の州が激戦地になると見られている。長く共和党が強かったが、新住民の流入などで民主党も勝機ありと踏んでいる。

 「デンバーの党大会ではカウボーイのイメージがたくさん使われるだろう」

とプライス氏は語っていた。その予想は、間違っていなかった。

 オバマが指名受諾演説をするのは、NFLデンバー・ブロンコス(西部に生息する野生馬)の本拠地だ。23日、競技場を公開する記者会見に、コロラド州選出のケン・サラザール上院議員はカウボーイハットとブーツで登場し、こう宣言した。

 「独り善がりのマーベリックは要らない。(オバマの)厳しい予備選を勝ち抜いたたくましさ、希望と変革こそ、西部の価値観だ。ホワイトハウスへの道は、西部から始まる」

 翌日、メディアや代議員でごった返すホテルのロビーに置かれた新聞に、カウボーイ姿で馬に乗ってデンバーへ向かうオバマの漫画が載った。

 Take the saddle(馬に乗る)という表現は、権力を手にするという意味でも使われる。オバマとマケイン、くらを手に入れるのはどちらか——。注目の戦いが始まる。

(敬称略)

(記者:佐藤 美玲)

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