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2008年08月25日(月) 12時06分

食べるプロ「ラーメン評論家」に必要な5つの資質——大崎裕史氏(前編)Business Media 誠

 ラーメンが好き、という人は多い。食べ歩きブログを書いているという読者もいるかもしれない。しかし、ラーメンマニアとプロの“ラーメン評論家”との間には、越えがたい壁がある。これまで食べたラーメンの数1万6000杯以上、「日本一ラーメンを食べた男」に話を聞く。

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●「あなたの隣のプロフェッショナル」とは?:

人生の多くの時間を、私たちは“仕事”に費やしています。でも、自分と異なる業界で働く人がどんな仕事をしているかは意外と知らないもの。「あなたの隣のプロフェッショナル」では、さまざまな仕事を取り上げ、その道で活躍中のプロフェッショナルに登場していただきます。日々、現場でどのように発想し、どう仕事に取り組んでいるのか。どんな試行錯誤を経て今に至っているのか——“プロの仕事”にロングインタビューで迫ります。インタビュアーは、「あの人に逢いたい!」に続き、戦略経営に詳しい嶋田淑之氏です。本連載では、知っているようで知らない、さまざまな仕事を取り上げていきます。

●1万6000杯のラーメンを食べた男

 自称、「日本一ラーメンを食べた男」がいる。少なく見積もっても8000軒以上、1万6000杯以上のラーメンを食べたという。1万6000杯の内訳は、1966〜1994年に6000杯以上、1995〜2008年(7月まで)に1万杯以上だという。

 その人の名は、株式会社ラーメンデータバンク代表取締役、大崎裕史氏(49歳)。いわゆる「ラーメン評論家」の草分け的存在の1人であり、日本のラーメンブームの火付け役の1人でもある。

 写真を見て「あ〜、あの人!」と分かる人も多いだろう。大崎氏は過去10年以上にわたり、民放各局のラーメン番組や、情報番組のラーメン特集で審査員やリポーターとして活躍してきた実績がある。

 だが“食の評論家”、しかもラーメン専門の評論家の世界は厳しい。テレビや雑誌で「ラーメン評論家」を名乗り、それなりに名が売れていたとしても、本当にラーメン評論だけで食べてゆける人は極めてまれと言われる。そんな厳しい世界で、確固とした立場を築いている大崎氏。ラーメン評論家としてどのような日々を送り、どんな仕事をしているのだろうか?

●市場規模、約7000億円——ラーメン業界の特徴とは?

 大崎氏に「どんな仕事をしているのですか?」と尋ねると、「ラーメンに関わる、ありとあらゆることですよ。本当にいろんなことをしているので、ひと言で『こういう仕事』と答えるのが難しいんです」と苦笑する。

 カレーと並び、日本人の国民食と言われるラーメン。通常、ラーメン業界の市場規模は、約7000億円と言われることが多い(算定基準の設定次第で、数値は大きく変わる)。ハンバーガー業界の約6400億円、回転寿司業界の約5000億円と比べても多い。

 また、市場のほとんどを大型チェーンが占めるハンバーガー業界と異なり、ラーメン業界は約1万6000軒のうち、ほぼ80%が小規模な個人営業で成り立っているのが特徴である。

 大崎氏は、現在、東京都目黒区で上記の会社を経営している。スタッフは6人。彼はインターネットを活用して全国のラーメン情報を提供してきたパイオニアの1人であり、現在は、2つの有力サイトを運営している。

 1つは「東京のラーメン屋さん」(通称「とらさん」)。日本一のアクセス数を誇るラーメンサイトで、「ラーメン好き」はもちろん、ラーメン店主たちからも高い支持を得ている。もう1つは「ラーメンバンク」。これは、日本全国の約1万5000軒以上のラーメン店の情報を登録したデータベースで、携帯向け公式サイトとして運営している。

 こうしたサイトの運営を通じて、一般ユーザーへの質の高い情報提供と、小規模個人営業の多い全国のラーメン店の支援とを目指している。

 さらには、こういった活動をベースに、企業の商品開発や店舗開発、イベント企画などに対するコンサルテーションやプロデュース、さらには、テレビや雑誌のラーメン関連企画への監修・出演といった、「ラーメン評論家」としての業務を日々こなしているのである。「毎朝7時半に起床し、8時半に出社していますが、とにかく1カ月の内、少なくとも25日以上は、午前1時とか2時に退社する生活で、体力的にはかなりキツイですね」と苦笑する。

 売上構造としては、約1億円の年商のうち、コンサルテーション&プロデュース業務が60%、インターネットサイトの広告収入が40%を占めるという。ラーメン業界におけるコンサルテーション&プロデュースとは、具体的にどんな業務を指すのだろうか?

 「分かりやすく言えば、2つあります。まず1つ目ですが、全国各地に“ラーメン博物館”的な施設が出来ているのをご存知でしょうか? 人気ラーメン店を集中出店させる商業施設なのですが、その開発に際して、どんなラーメン店に出店してもらうのが良いかアドバイスしたりするんです。

 2つ目は、食品メーカーやコンビニなどが、いわゆる『店主もの』のような特定の人気ラーメン店の味を再現するような新商品を出すにあたっての知恵出しをしたりします」。

●1日8軒、多い日は11軒ペースで全国のラーメン店を訪問

 大崎氏の活動拠点は東京にある。しかし氏は1998年ごろから、土曜日と日曜日を使って全国各地のラーメン店を回るようになった。

 「地方に行く場合は、1日に8軒を基準にしています」

 1日に8軒!? その数字に唖然としていると、氏は次のように続ける。「それには、2つのパターンがあります。午前11時を起点にして、1時間ごとに1軒行くというAパターンと、昼間に3軒、夕方3軒、夜2軒というBパターンです」

 そして、大崎氏はさらに驚くべきことを口にした。「そういえば、1日に11軒回ることもありましたね」

 「……11軒!?」驚いている筆者に笑いかけながら、こう話す。「でも、地方に行く場合は、1軒でも多くラーメン店に行こうとするために、その地方ならではのグルメを全然堪能できないのが残念ですね(笑)」

 1日にラーメン店を8軒とか11軒なんて、普通回れる数ではない。本当に1軒1軒ちゃんと食べているのだろうか? 1口か2口、味見するだけではないのか?

 「確かに、そういう評論家も中にはいます。でも私は、ラーメンが大好きですし、ラーメンに申し訳ないので、固形物は全部食べます。スープについては、その時の気分やコンディション次第で、少し残す場合もあります」

 しかし、1軒目と11軒目とでは、明らかに味の感じ方は違うのではないか? 「いいえ、そんなことはありません。1軒目も11軒目も同じようにおいしく頂けますよ」と涼しく笑う。

 ……やはり、一芸に秀でる人は、人とは違う何か特別な資質をもっているのかもしれない。それは一体何なのだろうか。

●“ラーメンを食べるプロ”に必要な、5つの資質

 「大きく分けると4つあります。第1に、記憶力が良いことです。なぜなら、数千軒レベルで、ラーメン店の情報を頭の中で整理できていなければいけません。例えば仕事の席で、ある地方の特定のラーメン店の特徴について即答することが求められたりするわけですから。

 第2に、胃が強くキャパシティがあることです。地方に食べ歩きに出て1日に8軒とか11軒、回るのですから、量が食べられる人でないと務まりません。第3に、太らない体質でしょうか。“ラーメンを食べると太る”というイメージは望ましくないですから。第4はやはり、食べ物の好き嫌いがないということでしょう。世の中には、いろいろな食材を使用した特徴あるラーメンが存在しますが、好き嫌いがあるためにそれが食べられないとなると、そもそも仕事になりません」

 なるほど、上記4つは重要なのだろう。しかし、大事なことが抜けていないか。味覚の鋭さこそが最も重要な資質なのではないのだろうか? 大崎氏は「私の味覚は全然鋭くなんてありませんよ。ごく普通のラーメンもおいしく食べられますし」と謙遜するが、伺ってみると、舌の鍛錬は怠っていないようだ。日常生活の中ではラーメンに限らずさまざまなジャンルの名店の味を巡っているそうで、特に「ミシュランガイド東京2008」に掲載されているレストランのうち、フランス料理店の4割(3つ星店に関しては全店)に行ったという。

 やはり、各種一流の味を経験し、それを舌に記憶しておけることは大事な要素なのであろう。これが、第5の資質ということか。

●大崎氏直伝「いいラーメン店の見分けかた」

 テレビに出演しているラーメン評論家を見ていると、「個々の原材料についての要素分解的な解説が多くて、全体的なイメージが伝わってこない」と筆者は感じることが多い。大崎氏はラーメン評論家として、一般のユーザーに対しては、どんな情報を伝えることを心がけているのだろうか? 

「私の場合は、専門情報を細かくレポートするというよりは、ローアングルなユーザー視点に立って、店内の様子、換気、接客、味など、入店から退店までに感じる全体の雰囲気を分かりやすく伝えるようにしたいと思っています」。

 では、筆者のような一般ユーザーが、予備知識なくラーメン店に入る場合、どんな点に着目してその店に入るべきか否かを判断すれば良いのだろうか。

 「まず第1に、お店を出てくる人の顔つきを見てください。幸せそうな表情や和やかな表情をしているか、それとも、無表情あるいは仏頂面をしているか。第2に、換気扇から出てくるにおいが良いか悪いかも大事です。使う食材によって随分違うので一概には言えませんが、悪臭と感じるところよりは、良い香りと感じるところがよいですね。第3は、外観の清潔感です。のれんやドア周りがきれいかどうかを見て、不潔なところは避けた方がいいでしょうね」

●ラーメン評論家がやってきた!——その時ラーメン店主の行動は?

 世の中にはびこる都市伝説の1つに、「グルメ評論家が来店したら、店主は分厚い札束を渡す」というのがある。「お金を渡せばその店を礼賛するような記事を書いてもらえるが、それをしないと、誹謗中傷のような記事を書かれて、店が潰れてしまう」——そういった“うわさ”は、まことしやかに語られているが、実際にそういうものなのだろうか。

 「いや、ラーメン業界では、そんなもの全くあり得ません」と大崎氏は、きっぱり否定する。「ほとんどの店が小規模な個人事業主なんですから、そもそもそんな大金など持っていません。またそこまでのお金を用意できる店だったら、既にそれだけ成功して、しっかりと顧客を獲得しているわけです。評論家にお金を握らせる必要なんかないでしょう?」

 インターネットの影響力に関しても、大崎氏は経験に基づき持論を展開する。昨今、個人のラーメンブログは数え切れないほど増えているが、「個人ブログなどで、仮に特定のラーメン店をたたいたとしても、それが原因で店の経営が傾くようなことはないですよ。そこまで直接的な影響力はないと見ています。でも逆に、良く書くことでうわさが広がり、口コミでお客が増えていくということはあります。それをテレビや雑誌の作り手が目にして取材に行くなど、プラスの影響力の方が大きいと私は思います」という。

 ラーメン好きはもちろん、ラーメン店の店主の間でも、大崎氏は超が付く有名人だ。大崎氏の訪問を受けたラーメン店は、どんな反応を示すのだろうか?

 「それは、『ああ、来た〜っ!』って顔をされますよ(苦笑)。あと、頼んでいないのに『味タマゴ』が入っていたりとかね」

 面白いエピソードを披露してくれたので、ここで紹介しよう。「ある店で、どうも(ラーメンが)おいしくないので、不審に思って店主に『今日はどうしたんですか?』って聞いたんです。そうしたら、その店主曰く『き、き、緊張のあまり、タレを入れるのを忘れてしまいました……』って」

 やはり、全国的に有名なラーメン評論家が来店したとなれば、店主も緊張するし、それぞれのやり方で気も遣う、ということなのだろう。

 さて、ラーメン評論家として、ラーメン好きはもとより、全国のラーメン店主たちからも注目される大崎氏であるが、果たしてこれまでどういう人生を歩み、そしてどういう経緯で、現在の地位を確立したのだろうか? それを次回の後編で見てみたいと思う。

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