記事登録
2008年08月20日(水) 15時30分

判決近い福島県立大野病院事件(前)事件の経緯ツカサネット新聞

この記事の公開が後になるかもしれないが、来る8月20日、福島地裁では「福島県立大野病院事件」の判決が下される。

この事件は2004年12月、同病院で前置胎盤による帝王切開手術中の女性が、子宮に癒着した胎盤の剥(はく)離を行う過程で出血。担当医は追加輸血や子宮摘出などを行ったが、止血操作中に突然心室細動を来たし女性は死亡した。出血後も剥離を続けた担当医・加藤克彦医師は、業務上過失致死と医師法違反に問われ2006年2月に逮捕勾留・起訴されたものである。

女性は、前置胎盤であり癒着胎盤であった。

2007年3月の公判で検察側は、「(被告人には)直ちに胎盤の剥離を中止して子宮摘出術等に移行し、胎盤を子宮から剥離することに伴う大量出血による同女の生命の危険を未然に回避すべき業務上の注意義務があるのに、(被告人は)これを怠り、直ちに胎盤の剥離を中止して子宮摘出術等に移行せず、同日午後2時50分ころまでの間、クーパーを用いて漫然と胎盤の癒着部分を剥離した過失により、」加藤医師に禁固1年(業務上過失致死罪)、罰金10万円(医師法違反の罪)を求刑した。

検察側は剥離の途中で子宮摘出に切り換えなかったことを刑事事件にあたるミスとしたのだ。

弁護側は、産婦人科医や産婦人科関係の教科書を根拠に、「癒着胎盤症例で胎盤の剥離開始後に途中で剥離を中止し、子宮摘出に移行した例は1例もない」とし、「剥離を継続した同医師の判断は臨床医学の実践における医療水準にかなうものであり、術中の医療処置は医療現場における医師の裁量として合理的で、妥当かつ相当であった」「検察側の設定する注意義務は机上の空論にすぎない」と反論。剥離という処置自体に医学上間違いはないとした。

日本産科婦人科学会・武谷雄二理事長と日本産婦人科医会・坂元正一会長も、その点について次のような声明を発表している。

「癒着胎盤であることの診断は、胎盤を剥離せしめる操作をある程度進めた時点で初めて可能となるものであります。したがって、結果的には癒着胎盤であった本例において、胎盤を剥離せしめる操作を中止して子宮摘出術を行うべきか、胎盤の剥離除去を完遂せしめた後に子宮摘出術の要否を判断するのが適切かについては、“個々の症例の状況”に応じた現場での判断をする外なく、それはひとえに当該医師の裁量に属する事項であります。また、本件のような帝王切開例における胎盤の癒着部を剥離せしめる手段としては、用手的に行うことだけが適切ということはなく、クーパーをはじめ器械を用いることにも相当の必然性があり、この手技の選択も当該医師の状況に応じた裁量に委ねられなければ、治療手段としての手術は成立し得ません」

剥離してみなければ癒着胎盤かどうかわからないのに、はじめから癒着胎盤を前提とした処置を行えというのは可能ではない話であり、処置は胎盤を剥離するときに医師が判断するしかないことだと述べているわけだ。

裁判では、胎盤剥離中の出血や死亡との因果関係についても争点となった。ひとつは剥離による出血量である。

検索側は、羊水込みの総出血量は胎盤剥離開始までに2,000ml,胎盤が娩出された2〜3分後(午後2時52〜53分)で2,555mlという記録は正確ではないとし、「午後2時55分時点の総出血量は5,000mlに達していた」と主張。「無理な剥離行為と大量出血による失血死との因果関係は明らかである」とした。一方、弁護側は「午後2時55分時点の総出血量が5,000mlに達していたという証拠はどこにもない」「胎盤剥離中の出血量は最大でも555mlであり、この時点での大量出血の予見可能性はない」 と反論した。

また、弁護側は「患者の他の死亡原因として羊水塞栓の可能性があり、また大量出血をもたらした要因として産科DIC(播腫性血管内凝固症候群)の発症が考えられる。したがって、検察側が主張する因果関係には疑問の余地がある」と、剥離による出血が死亡の原因であること自体を否定した。

医師法違反についても、弁護側は患者の遺体に客観的異状が認められないことや医療行為に過失がなかったことなどを挙げ、「医師法第21条の構成要件に該当しない」とした。

全国医師連盟の声明では、「多くの医師達は、本件訴訟において検察側・弁護側の立証から明らかになった診療経過を検討し、本件担当医と同じ診療条件に置かれた場合、最善の医療を施しても助け得なかったのではないかと判断しています」と踏み込んだ見解を示した。

いずれにしても、この件は癒着胎盤という術前診断がきわめて難しく、治療の難度が最も高く、対応がきわめて困難な事例にもかかわらず、その結果から医師個人を対象にした刑事事件としたことで、多くの人の疑念と懸念を呼んだ。

そもそも、この件は担当医が逮捕される1年以上も前に、病院内で作られた院内検討委員会で結論が出されており、警察にも患者からの再捜査の要求は出ていなかった。それが、突然出勤前の自宅玄関で、妊娠10か月の妻の面前で、手錠・腰縄で逮捕。逃亡のおそれもないのに勾留。要するに担当医はさらし者にされたのだ。

筆者はこの件を知ったとき、その前年、名誉毀損で出版社の鹿砦社・松岡利康社長を逮捕し、逃亡も証拠隠滅もあり得ないのに半年も勾留したバカげた出来事を重ねた。

そのときの警察側の事情はわからないが、何らかの意図や意味を勘ぐれる「劇場型逮捕」という点で2つの事件は共通している。しかも時期的に近い。

いったい、警察はこの劇場型逮捕にいかなる意図をもっていたのだろうか。私たちは、この真相を厳しく批判的に追及する必要があるだろう。


(記者:人)

■関連記事
人記者の書いた他の記事
「社会・社会問題」カテゴリー関連記事

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080820-00000008-tsuka-soci