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2008年08月19日(火) 12時56分

「己の如く、人を愛しなさい」オーマイニュース

 15日は終戦の日だった。これまで、広島を訪れたことはあったが、長崎は一度も訪ねたことがなかった。8月9日、小倉に投下される予定だった原爆は、悪天候のため、長崎に変更された。前日の八幡大空襲による煙のせいとも言われており、小倉にも平和の鐘が置かれている。そんなこともあって、一度は長崎を訪ねたいと思っていた。

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 長崎を訪ねたのはあの日から63年たった8月9日。式典に参列し、爆心地公園や浦上天主堂を訪ねた。爆心地公園では、さまざまな市民団体が平和のための活動を行っていた。ある学生グループはオープンマイクを行っていた。マイクスタンドが立ててあり、誰でも自由に平和への思いを語ることができるという。

 人通りもあり、いざ、自由にしゃべってと言われるとしり込みしがちだが、「平和への思いを思っているだけでは伝わらない」という言葉に心動かされ、自身の日々の活動から思う平和への思いを語った。話してみると、その学生グループも北九州から来たとのこと。とても嬉しかった。

 学生グループに別れを告げ、どこを巡ろうかと思っていたら、地図に「永井隆記念館」というのがあることを発見。平和祈念像や資料館を訪ねるのも良いが、こういったところを訪れると発見がある。永井隆博士は「平和の鐘」などの著書で知られ、自身が被爆しながらも懸命の救護活動に当たったそうだ。何となく知ってはいたが、記念館を訪ねることで人柄などをより身近に感じることができた。

 記念館の隣には二畳一間きりの家「如己堂」があった。これは博士直筆の書にしたためられている「如己愛人」から命名されたそうだ。「己の如く人を愛する」ということ。1951年、43歳の若さで白血病でなくなられたが、記念館に身を置くと、博士の抱いていた人類愛がわが身に迫り、語りかけてくるようだった。

 日本では戦争の危険はなくても、どこか闇に覆われているかのような今の社会。本当に平和と言えるだろうか。こんな今だからこそ、博士の言葉が迫ってくる。

 「汝の近きものを己の如く愛すべし。」

 「敵を愛しなさい。愛し愛し愛しぬいて、敵に憎む隙(すき)を与えないくらいに愛しなさい」

 たとえ相手と親しく付き合えなくとも相手のしたことを許すということ。私がいじめにあっていたころのことを思い出した。どんなにたたかれてもたたき返せば、どんな正当な理由があるにせよ、手を出したことに変わりないのだから、絶対手を出さないと心に決めていた。不登校や引きこもりなど、回り道はしたが、一度たりとも手を出さなかったことで自分は精神的にとても強くなった。それは単に力が強いというのではない、自身の弱さを認めた心の強さ。今、一番必要とされているものだと思う。

 グラバー園にも中華街にもいけなかったが、永井博士から受け取ったメッセージは何にも勝る濃厚な時間だった。

(記者:原田 耕一)

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