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2008年08月18日(月) 00時29分

負けないレスラー真骨頂 天才、姉の敗戦乗り越える中国新聞

 決勝の延長。相手を持ち上げ、マットにたたきつける。表示板を見て勝利を確認したレスリング女子63キロ級の伊調馨いちょう・かおり(綜合警備保障)は顔を覆って大泣きした。前日、二人三脚で歩んできた48キロ級の姉、千春ちはるが決勝で負けた。ものを食べられなくなるほどのショックを受けた中で、金メダルにこだわり抜いた。「体調は最悪。まるで動けなかった」。気力を振り絞り、五輪の舞台を勝ち抜いた。

 一つの不戦敗を除けば、二〇〇三年以来98試合で無敗を誇る。55キロ級の吉田沙保里よしだ・さおりも「天才」と評するテクニック。全日本の合宿でコーチがやってみせた寝技を、見たその日に自分のものにしたことがある。うつぶせにした相手のももの間に自分の脚を絡めてあおむけにする「またさき」。女子で使える選手が少ないこの技は、この日の3回戦で伊調馨を助けた。

 子供のころから勝利を重ねてきた。「負けそうで負けないレスラーになりたい」と目標を話したのは高校生の時。2分間のピリオドを取り合う今のルールになると「1—0でピリオドを取ることが快感」だと言った。

 中学まで指導した沢内和興さわうち・かずおき氏が言葉の真意を説明した。「馨は本来59キロ級の体。無理して五輪で実施される63キロで戦っている。まともにぶつかると決勝まで体力がもたない」。勝ち抜くために無理に攻めず、しかし、ここという時にポイントを取る。決勝は第1、第2ピリオドとも2分間で0—0。延長を際どく制した。

 マットの外では姉に導かれてきた。「千春は強くなりたくて(青森)県外の高校へ進んだ。だからわたしも愛知の学校へ行けた。その意味では道を切り開いてくれた」。現在は中京女大の近くで別々に一人暮らしをする。食事は姉がつくる。「放っておいたら好きなものしか食べない。千春がいないと今の馨の体はない」と兄の寿行としゆきさん。姉が前日の敗戦後、「一区切りをつけたい」と話したのを受けて「ならわたしも一区切り。千春がいないと戦う意味がない」とまで言った。

 「基本的に甘えん坊」と言う24歳がマットではたくましかった。激しい落胆の中で姉に励まされ、両親に?咤しったされると、動けないなりに勝利をつかんだ。「みんなが金を望むなら、取りにいかなきゃと思った。気持ちは百点だった」。天才らしい2度目の五輪の頂点だった。(共同=山田亮平)

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp200808180064.html