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2008年08月09日(土) 10時00分

【トレンド】【『パラサイト・イヴ』の瀬名秀明】研究者・作家のコラボレーションがSFに未来をもたらすnikkei TRENDYnet

 SF大賞受賞作家であり、研究者でもある瀬名秀明さん。昨年夏の『世界SF大会(ワールドコン)2007』で「サイエンスとサイエンスフィクションの最前線 そして未来へ」と題したシンポジウムのコーディネータを務め、この6月からは、シンポジウムの成果を踏まえ、瀬名氏を含む6人のSF作家による短篇・エッセイがWeb上で順次発表されている。「科学とSF」の今と未来について、瀬名さんに語ってもらった。

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 瀬名さんは、作家であり、研究者でもあります。瀬名さんがコーディネータを務めたシンポジウム「サイエンスとサイエンスフィクションの最前線、そして未来へ」は、科学者と小説家のコラボレーションを目指したものとか。まずは、瀬名さんにとっての「科学とSF」についてお伺いしたいと思います。

 いま、どうもSFって元気がないんじゃないか、そんなことを言う人もいます。けれど、科学を通じた未来、それへの驚き——SFの持ち得る魅力は、今でも決して色あせてはいないと思います。

 しかも、科学者、技術者の側からの要望というか、「自分を啓発してくれるもの」「自分では考えつかなかったイマジネーションを提供してくれるもの」としての期待も、非常に大きいと思うんです。

 科学技術が発達し、さまざまな“新しいこと”が可能になっている今の世の中ですが、では、科学者とはそのさまざまな科学技術に精通している人なのか。実際には、成熟した社会の中で、(研究)分野は細分化され、科学者自身も、いくつものコミュニティに分断されてしまっているのが現状ではないかと思います。そして、科学者・研究者・技術者の中にも、そうした現状に飽きたらなさを覚えている人は多い。

 特に今回のシンポジウムでは、ロボットの研究者や知能システム、情報学などを専門とする研究者の方々を中心に、その分野の最先端を報告していただいています。中でもヒューマノイド・ロボットの研究を例に取ると、今や単に「人を模して動く」ということを越えて、それを通じて、生命の本質を知りたい、心の本質を知りたいといったところにまでかかわり始めている。これは、研究者から作家に突き付けられた課題でもあります。

 実はこの分野では、二足歩行ロボットの先駆的研究で知られた、WABOT(ワセダ・ロボットの略)の故・加藤一郎教授が既に、ロボット研究の将来を考えると「人の心の研究が欠かせない」と言っておられたそうです。

 そこまで行くと、もう、彼らのテーマは機械工学という括りには入りきれなくて、ほとんど生命科学にまで踏み込んでいる。では、そんな研究者たちの語るビジョン、あるいはその希求心に、作家の側は、どうイマジネーションをはばたかせ、作品の中で応えていくのか。実際、作家の中でも、特に未来を舞台とするSF作家なら、研究者と話すことは絶対に楽しいと思うんです。

 つまり、このシンポジウムは、研究者にとっても、作家にとっても、次のステージに進む——そのための試みなんです。そしてこの6月20日からは、バンダイビジュアルのWebマガジン『トルネードベース』上で、『answer songs』と題して、シンポジウムに参加した6人のSF作家による短篇・エッセイを順次掲載中です。まずは、先のシンポジウムの最初の成果というところです。

 瀬名さんご自身も、『鶫(つぐみ)と●(ひばり)』と題した短編を発表しています。戦間期(第一次世界大戦と第二次世界大戦の間)に大西洋横断航空路を開いた実在の歴史上の人物を描いたものですね。

 そう、戦間期に大西洋横断郵便航空路を開き、フランスの国民的英雄だった飛行士ジャン・メルモーズ、そして彼ら飛行機乗りを支えた航路開発部長ディディエ・ドーラ。同じラテコエール航空会社の同僚だった、サン=テグジュペリの小説『夜間飛行』のモデルにもなった人たちです。

 『つぐみとひばり』というタイトルは、「世界について語る者=ひばり」と、「世界について語らない者=つぐみ」というメタファーです。

 過去を舞台に、しかも実在の人物を主人公に描いていることで、一見、SFとは無関係に見えてしまうのですが、けれど、小説の中でも匂わせているように、この「つぐみ」と「ひばり」は、時代を超えて、いつでも存在する。その意味ではしっかりSFでもある……。

 そう読んで頂ければ幸いです。飛行機乗りはこの時代の英雄なわけですが、それを支え、送り出す者——彼らは、いついかなる時代にも、かならず存在する先端の2人であって、その両方に、それぞれの『勇気』がある。

 ここでは、それをメルモーズとドーラに託して書いているわけですが、その彼らに未来の科学技術の姿も重なってくる。例えばこれが、遠く惑星探査に飛び立つ宇宙飛行士と、それを送り出し、管制室で見守る者であってもいいわけです。

 これはまた、今回のコンベンションのテーマでもある、科学と文学のコラボレーションのメタファーでもあります。

 8月には、今回のシンポジウム(ワールドコン)の内容、そして『トルネードベース』(バンダイビジュアル)上で発表された短篇・エッセイをまとめた『サイエンス・イマジネーション——科学とSFの最前線、そして未来へ』(小松左京監修/瀬名秀明編著)が刊行されます。その本の中では、この『つぐみとひばり』を、いわば最後の締めのような形で置かせてもらっています。

 では、瀬名さんご自身の研究、興味を持っているテーマなどについてお伺いしたいと思います。

 東北大学の特任教授を務める一方で、現在、国立情報学研究所の社会的知能発生学研究会メンバーとして、人間やロボットの知能の原理に迫るためのプラットフォーム作りといったことにもかかわっています。

 このプラットフォームは、研究者が好きなものを、その中に入れてシミュレートできる仮想空間。『Second Life』(※)のようなものを想像していただければ近いかと思います。しかし大きく違うのは、重力定数やセンシングの精度など、その世界の『物理の在り方』自体をきめ細かく設定でき、その仮想の世界でさまざまなコミュニケーションを検討できるようデザインしているということです。例えば、仮に重力が2分の1だった場合、社会がどうなるかといった社会科学的検証も可能で、ロボット、人間の研究者だけでなく、動物の認知科学などの分野の方も参加しています。

 仮想空間については、僕自身、小説『エヴリブレス』(TOKYO FM出版、2008年)で取り上げていますが、こちらは同じテーマへの研究側からのアプローチという感じですね。

 もちろん、大学では一人の研究者なわけですが、研究者と作家のコラボレーションということでは、今回のシンポジウム単発で終わらせることなく、予算も取って、継続的に集える場所を作りたいと思い、そのための活動も行っていくつもりです。

 未来を語るということでは、東北大学で、大学院生を対象にした課外ゼミも開催しておられるとか。

 「学生たちと未来を語る自主ゼミ」は、現在、年に5、6回のペースで開いています。このゼミは、何か本や映画などの「作品」を1つ取り上げ、それをテーマに、お茶でも飲みながら語り合おうというもの。テーマは毎回、あえて科学技術と直接関係ない、しかし読んで・観て面白い物を選びます。参加者は、半ば無理矢理でいいので(笑)自分の研究テーマをからめて、そしてできうれば、それを発展させて未来を語る。

 単に茫洋(ぼうよう)と未来を語ってもらっても仕方がないので、参加者は自分自身の研究テーマをすでに持っている、修士課程1年以上の院生を条件としています。機械工学系の学生が多いのですが、薬学、医学、農学系からの参加者もいます。異分野の人と語る機会にもなっているわけです。

 えてして、技術者や研究者は、自分がかかわっているテーマが5年後、10年後にこうなる、ということは語るのですが、それで実現する未来像というか、来るべき未来の中でのその科学や技術の位置付けといったことは、なかなか語らない。そのほうが楽だからというのはあるでしょうが、「そのフォーマットだけで未来を語っちゃいかんでしょ」と思うんですね。このゼミは、アートの愉しさを味わい、心を豊かにしながら、みなで未来のビジョンを探ろうという試みなんです。

 取り上げるテーマは持ち寄りで、そのときどきでさまざまなジャンル、毛色のものが出てくるんですよ。先日取り上げたテーマは、マーク・ハッドンの『夜中に犬に起こった奇妙な事件』。15歳の自閉症の少年を主人公としたミステリー小説です。以前にはシルク・ドゥ・ソレイユの『ドラリオン』を観劇したこともあります。この時は、“場”のデザインや、玉乗りの物理などが話題に出ましたね。次回テーマは『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』。さて、どんな話が出てくるか(笑)。今から楽しみです。

 では今後、作家として、特に扱ってみたいテーマなどはありますか?

 これまで語ったようなことを考えると、「まだまだ、SFって書くものがたくさんあるじゃない!」と思うんですよ。

 例えば、これまでのSFは、何か1つの、新しい技術を設定して、それによって変化した社会を設定して書かれていることが多かったと思います。しかし翻って考えてみれば、我々の社会は、ただ1つの技術で変わることはない。例えば、ナノマシンで人体改造が行われるような世界を想定したとします。しかし、そこまでナノマシンの技術が発展・浸透しているからには、同じように、例えば半導体においても、その他の分野においても、ナノマシンによって大きく変化が起きているはずなんですね。そんな総合的な変化が、ごく自然に出てくる。描かれている。——そんなSFが欲しいな、と思うんです。

 しかし、それこそが従来のSFの限界、あるいは一人の作家の作品であることの限界なのかもしれません。一人のアタマでは、なかなかそんな『総合』を語ることはできない。それを、『できれば僕がそれをやりたいな』と思う一方で、『でも一人じゃできないだろうな』と二の足を踏んでいたり(笑)。

 でも、そのためにこその、研究者・作家のコラボレーションなのかもしれません。

(構成・文/川畑英毅)

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