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2008年08月08日(金) 11時49分

クレープおじさんの笑顔【ロンドン】ツカサネット新聞

ロンドンといえば、いつも天気が悪くて雨が多い……というイメージを持っている人も多いのではないでしょうか?

確かにそうかもしれません。事実、雨が多い場所です。僕はここで貿易関係の仕事をしてるのですが、同僚から、「雨が降り出しても傘をささないのが生粋のロンドン子で、急いで傘をさすのは他国からの人達なんだよ」という話を聞いたことがあります。本当のところは分かりませんが、何となく納得したものです。

でもそんなロンドンだって、もちろん良い天気の時はあります……当然ですが。

そして、ロンドンには素敵なカフェがたくさんあります。様々な場所に個性豊かなカフェがあり、人通りの多い所はもちろん、こんな所に人が来るのかな?って場所にもひっそりと、趣向を凝らしたカフェがあったりします。
天気の良い日にカフェでコーヒーなんて、ちょっと贅沢な気分になります。

3ヶ月程前だったと思います。僕は仕事の休憩時間に、会社近くにあるいつものカフェでコーヒーを飲んでいました。天気が良かったので、店内ではなく外にある席の一つに座っていたのですが、いつも混んでいるはずなのに、その日はほとんどお客さんも居なくて、広々と周りを見渡すことができました。

ここのカフェでは、天気の良い日はいつも店外で歩行者相手に出店のようなものを出しており、店の名物(と思われる)クレープやアイスクリーム、飲み物などを販売しています。
いつも出店の番をしているのは、格子柄の帽子を被り、ちょいと古びたオーバーオールを着ているおじちゃんです。店内の人とはほとんど口を利くこともなければ、けして愛想が良い感じでもなく、カフェの従業員から孤立した感じの、寡黙な雰囲気のあるおじちゃんです。

僕がいつものように、カフェの前を行き交う人々や周りの景色を何となく眺めていると、カフェの店内から二人の子供が出てくるのに気づきました。姉弟であろう二人、おねえちゃんは10歳くらいで、男の子は7歳くらいでしょうか、二人は仲良く手をつなぎ出店の前に止まりました。二人の親はおそらく店内におり、出店で何か買おうと姉弟で出てきたようでした。

二人はおじさんの前に立ち、あれこれメニューを眺めており、その間、おじさんは何も言わずただ遠くを眺めているような感じでした。やがて二人はそれぞれの欲しいものを決め、おねえちゃんがストロベリーのクレープ、男の子がチョコレートのクレープを頼んでいました。

あまりじっと見るのも失礼な話ですが、この時はなぜか二人(と、おじさん)の光景が気になってしまい、僕は気づかれないように(そして失礼のないように)横目で眺めていました……でもやっぱり僕の行為はあまり良いことでないのは分かっています。。

注文を受けたおじさんは慣れた手つきで手早く二人分を作ってしまうと、二人にクレープを手渡しました。そしておねえちゃんからお金を受け取りお釣りを渡すと、二人から目を逸らして、また遠くを見るような目をしていました。

ただ、ここでちょっとした(でも、姉弟二人には極めて大きいだろう)事件が起こりました。
男の子がチョコレートのクレープを地面に落としてしまったのです。不幸にもクレープは先から落ちてしまったようで、地面の上でクレープが寂しげに崩れていました。男の子はすごく落ち込んだ顔になり、それを見たお姉ちゃんは手に持っていたお釣りを見ていましたが、もう一つ買う余裕はなかったのでしょう、自分の持っていたクレープを弟にあげようとしていました。可哀想ではあるが、なんて微笑ましいんだろう、と感じました。

その時でした、さっきまで遠くを眺めていたおじさんが、二人と落ちたクレープに視線を移しました。男の子は自分が悪いことをしたので何か言われると思ったのでしょう、落ち込んでいた表情が泣きそうになりうつむいていました。おねえちゃんは「ごめんなさい」と言っていました。でもおじさんは何も言うことなく、おねえちゃんに向けて軽く手を見せて、「ちょっと待ってくれ」と言い、これまた先ほどより鮮やかな手つきでチョコレートのクレープを作り上げ、後ろを向いて店内の誰もこっちを見ていないことを確認し、信じられないくらいの優しい笑顔でそのクレープをおねえちゃんに渡し、「掃除はしておくから何も言わなくていいよ」と言ったのです。

おねえちゃんは「ありがとう」ととても可愛らしい笑顔でおじさんからクレープを受け取り、それを弟に渡しました。さっきまで泣きそうだった男の子は恥ずかしそうにクレープを受け取り、おじさんに向けて「ありがとう」とこれまた可愛い笑顔で言いました。
おじさんは小さく両肩を上げ、満足そうに二人を見ていました。

とても素敵な瞬間でした。

様々な出来事が「その人間の人生を構築する要素」になっていくのだと思います。
もちろん良い事ばかりではありません。悪い事、不幸な事だって、やっぱりあります。でもその人の人生を豊かにするのは、その人の考え方なんだと思います。

あの姉弟の二人が、あの時のことを忘れず、またそれがこれからの二人の人生を豊かにする要素になってくれればな、と思います。たとえそれがとても小さな要素であったとしても。

ロンドンには素敵なカフェがたくさんあります。
個性豊かなカフェがあり、人通りの多い所はもちろん、こんな所に人が来るのかな?って場所にもひっそりと、趣向を凝らしたカフェがあったりします。

その中には、寡黙だけど心の優しいおじさんがいるカフェなんかも……



(記者:アンブレラコート)

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