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2008年08月08日(金) 18時11分

◇読者レビュー◇『ミュージック・ブレス・ユー!!』津村記久子著オーマイニュース

 本書は「音楽について考えることは、将来について考えることよりずっと大事」な高校3年生アザミを主人公としたポップでキュートな青春小説である。作中で登場人物が実在のバンドを評しており、エモーショナル・ハードコアなどの分野が好きな人にも薦められる1冊である。

 高校3年生と言えば進路について真剣に考えなければいけない時期である。しかし、アザミはやりたいことが見付からず、考えようとする意欲もわかず、好きな洋楽(ロック)を聴いてばかりという毎日である。

 音楽でなくても、小説だったり、漫画だったり、映画だったりと対象はさまざまであるが、受験勉強をしなければならないのに趣味に没頭してしまう経験は多くの人にあったはずである。やりたいことと、やらなければいけないと周囲から言われていることの乖離(かいり)や、周囲から取り残されることへの焦燥感は世代を超えて共感を得られるだろう。

 一方で現代の高校生世代に特有の要素もある。インターネットや携帯電話など情報技術の発達である。本書でも音楽の趣味を共有するアザミはアメリカの少女アニーのブログを読み、英文メールでやり取りしている。

 アザミの聴く洋楽は同級生では聴く人が少ないマニアックな部類に属するが、インターネットを通すことで、地域的な壁を越えて、趣味や感性を同じくする人とコミュニケーションできる。これが人間関係・交友関係の限定されていたインターネット普及以前とは大きな相違である。「今の子どもは理解できない」という類の言説を聞くことがあるが、子どもの世界はITの発達で拡大しており、昔の感覚では理解できなくて当然である。

 アザミはアニーのブログでアニーの友人の溺死(できし)を知って大きな衝撃を受ける。布団を頭からかぶってしまい、何をしたのか、いつ眠ったのかも覚えていないほどの衝撃であった。リアルで接している家族や友人はアザミの変貌(へんぼう)は理解できないはずである。子どもが理解できないと嘆くよりも、インターネットを通じて異なる世界にも生きているという点を理解することから始めるべきである。

 物語の縦糸がロックならば、横糸は同級生チユキとの友情である。二人は同級生を傷つけた男子生徒に報復する。後に露見しそうになった時、アザミは最後までチユキをかばおうとする。なぜ、そのようなことをしたのか本人が後で考えても分からないという本能的な正義感からの行動であった。

 大切なものが傷つけられたために抱く激しい憎しみ。たとえ自分が不利になったとしても、信念を貫くために戦う正義感。これはまさに青春である。記者(=林田)はマンションのだまし売り被害に遭い、売り主の東急不動産(販売代理:東急リバブル)と徹底的に争った経験がある(参照:「東急不動産の遅過ぎたお詫び」)。

 故に純粋な正義感に基づいた真っすぐな怒りには共鳴するし、二人の友情がうらやましくもある。本書は無意味に浪費しているようでいて、懐かしくいとおしい、かけがえのない青春の日々を生き生きと描いた作品である。

『ミュージック・ブレス・ユー!!』
角川書店
2008年6月30日発行
定価1500円(税別)
218ページ

(記者:林田 力)

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