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2008年05月31日(土) 11時31分

砂漠に響く郷愁のブルース サハラ遊牧民を訪ねる朝日新聞

 アフリカのサハラ砂漠に、音楽ファンの注ぐ視線が熱い。きっかけは遊牧民トゥアレグのグループ「ティナリウェン」。世紀の節目に現れたギター音楽は「砂漠のブルース」と呼ばれ、レッドツェッペリンのロバート・プラントら、プロ中のプロにもファンが多い。しかし、彼らを育てたサハラの遊牧生活は、ますますの苦境にある。遊牧民たちの交差点の街を訪ねた。

演奏するトゥアレグの女性たち。伝統の打楽器に代えて、近年は、手軽な燃料容器のジェリカンを打ち鳴らす=アルジェリア、野波撮影 女たちの演奏に合わせて男たちは舞う。手にはラクダを扱う時のムチを持つ=アルジェリア、野波撮影   

◆苦境奏でた音楽に共感

 アルジェから南へ1500キロ余り。4月末に砂漠の中継都市タマンラセットに着いた。色鮮やかな布や鍋釜の売り物を並べた小屋が密集する市場にCDショップもある。アラブ音楽が大半を占める店にはトゥアレグの音楽を集めた一角も。カラーコピーで作ったジャケットの多くにティナリウェンの姿が写る。店主が言った。「彼らの写真を使うと売れ行きがよくてね」

 ティナリウェンは1980年前後に結成。リーダーのイブラヒムが音楽面の主柱だ。マリに生まれた彼の音楽遍歴は、近年のトゥアレグたちの浪々の歴史そのものだ。

 サハラの支配者と呼ばれ、砂漠を縦横に行き来したトゥアレグは、60年代のアフリカ諸国の独立に伴い、主に五つの国家に分断された。国境を越えた移動は制限され、どの国でも少数民族になり、アラブ人や黒人の政府の定住政策に囲い込まれた。

 イブラヒムは政変や干ばつで暴動が頻発するマリを離れてアルジェリアへ。音楽文化の豊かなアラブ人の土地でギターを手にし、音作りに目覚める。その後、80年からトゥアレグの難民を受け入れたリビアへ行き、サハラ共和国を構想するカダフィ大佐のキャンプでボブ・ディランなど欧米音楽に出会い、骨太なエレキサウンドを確立した。

 実はイブラヒムが幼少期になじんだはずの遊牧民の伝統音楽に、ギターは無い。大ぶりのひょうたんと、馬の尾で作る1弦バイオリンのイムザド、ヤギの皮とすり鉢で作った打楽器テンデ……。暮らしに根ざした楽器ばかりだ。

 そのテンデを使い、結婚式などで奏でるという楽曲の生演奏を、タマンラセットで聴いた。奏者は女性ばかり6人。リズムの反復が酩酊(めいてい)を誘い、女声の掛け合いが心地良い。ティナリウェンの音に、ほのかに通じる。

 女系社会のトゥアレグで、音楽は女のものだった。男が戦闘や隊商に出た後のキャンプを守り、手製の楽器で憩う。いきおい歌詞は「雨夜の品定め」の趣に。「勇敢な戦士」「200頭のラクダ持ち」といった男性像を語り、ときに恋心も込めた。男が扱う楽器といえば、牧童が使うアシの笛がせいぜいだった。

 ただ、この日の演奏には途中から男性が参加した。彼の手にはエレキギター。そして全員で演奏したのは、ティナリウェンの曲だった。

 「70〜80年代の2度の大干ばつが遊牧生活には致命的だった」とフセイニ・サバブさんが言う。彼もトゥアレグで、サハラ南部で開く大規模な音楽祭の仕掛け人だ。「70年代はトゥアレグの3人に2人は遊牧生活だった。今は1〜2割にすぎない」

 現在のタマンラセットは、郊外で画一的な建売住宅が建設ラッシュだ。トゥアレグの定住政策のためだが、工事に携わるのも、遊牧をやめたトゥアレグだ。砂漠は道路の舗装工事が各所で進み、そばを輸送トラックが駆ける。工事もトラックの運転もトゥアレグの新しい仕事なのだった。

 フセイニさんは言う。「屋根のある生活は嫌だ。でも自給自足は干ばつなどで、ままならない。定住が進むうちに携帯電話や輸入品への依存が進み、市場経済に組み込まれた。遊牧民のアイデンティティー喪失の不満が、90年代に反乱を生み、ティナリウェンの反体制のイメージの音楽が受け入れられたんだ」

 ただ、日本でティナリウェンのCDを発売しているオフィス・サンビーニャの田中勝則さんは「彼らの音はレベル(反抗)ミュージックと言われるが、支持が厚いのは、むしろエレキサウンドで郷愁を歌うからではないか」と考える。確かにイブラヒムは、母語のタマシェク語で、その心象風景を歌う。砂漠で切実に水を求める姿。遠く離れた家族を思う気持ち……。

 いま、街に暮らすトゥアレグはペットボトルのミネラルウオーター片手に携帯電話を使う。何よりも、音楽を奏でなかった男たちがギターを持ち、ティナリウェンに酔う。遊牧から離れたトゥアレグの象徴的な姿が、そこにある。(野波健祐)

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 〈ティナリウェン〉 マリ出身のイブラヒムを中心に、1980年前後に結成。亡命先のリビアでロックやレゲエにふれ、エレキギターに女性コーラスを交えて野性味ある音を作り上げた。母語のタマシェク語で社会の矛盾を歌う曲は90年代以降の反政府運動の象徴となり、トゥアレグの若者の人気を博す。01年に欧州公演を始め、04年のアルバム「アマサクル」で評価を確立。05年に初来日。07年、野性味に叙情も加えた新作「アマン・イマン」を発表した。

http://www.asahi.com/culture/music/TKY200805310130.html