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2008年05月27日(火) 11時05分

大ヒット映画『相棒』とイラク日本人人質事件オーマイニュース

 大ヒット映画『相棒─劇場版─絶体絶命! 42.195km東京ビッグシティマラソン』が題材としたイラク日本人人質事件について考察したい。

映画『相棒』では、作品内でイラク日本人人質事件と類似の事件が起きている。イラク日本人人質事件自体が多くの論議を呼び、世論を二分した事件である。その事件を、前提の異なるフィクションの世界に持ち込み、そこから結論を出そうとしているため、その妥当性について議論されている。

 映画では、退去勧告が出された国で反政府ゲリラに拘束された青年の家族が、「自己責任」だとしてマスメディアや国民から激しいバッシングを受ける。この点で 2004年に日本人3名がサラヤ・ムジャヒディン(聖戦士軍団)に誘拐された事件を彷彿させる。また、平幹二郎演じる時の首相が小泉純一郎元首相を思い起こさせる髪形をしている。

 私は、本作品においてイラク日本人人質事件は「題材」であると考えている。もちろん、あくまで「題材」であり、「主題」とは異なる。映画の主題は、日本人、日本社会の底流にある非歴史性を批判することにあると受け止めている。

 本作品にとって、イラク日本人人質事件は、主題に入るための材料であり、現実に起きた人質事件のディテールを再現させる必要はない。実際、本作品ではイラク人質事件と異なる設定も多々ある。それらを見極めることはイラク人質事件を正確に理解する上で有益である。

 イラク人質事件では、人質に肯定的な立場と否定的な立場で激しい対立が起きた。本作品の描き方は、いずれの立場も満足させるものではない。便宜上、それぞれ人質肯定派、人質否定派と呼び、議論を整理したい。

■人質否定派の立場から

 最初に人質否定派の立場で論じる。本作品では、拘束された人物が批判される理由が弱い点が問題である。人質批判派は、危険地域で誘拐された日本人全てを批判しているのではない。イラク人質事件では、渡航自粛勧告を無視して現地に渡航している。これに対し、本作品の青年は人道支援活動中に退去勧告が出された。しかも、退去勧告が出された僅か数日後に拘束された。好んで自ら危険地域に赴いたケースとは、事情が異なる。

 より大きな相違としては、イラク人質事件では誘拐事件解決のために被害者家族らが自衛隊の撤退を求めた点にある。誘拐した武装集団に対する批判以上に政府批判に熱を入れるような姿勢が反発を招き、バッシングとなった面がある。一方、本作品には青年の家族が直接、政府を批判するシーンは見られない。

 結論として、イラク人質事件と本作品では状況が異なり、人質否定派の論理では本作品の青年を激しくバッシングする理由は存在しない。しかし、作品中では激しくバッシングされている。本作品をイラク人質事件のアナロジーとするならば、人質否定派は理不尽な攻撃をしたことになってしまう。根拠なく人質批判をした訳ではないと主張したい人質否定派にとって、本作品は不満が残るものであろう。

■人質肯定派の立場から

 次に肯定的な立場から論じる。本作品では、政府の退去勧告が出されたのに退去しなかった点が「自己責任論」の根拠となっている。この論理では、政府の勧告に従わなかったならば非難に値するが、そうでないならば問題ないという結論に帰着する。実は、これが本作品の重要なポイントになっている。

 この論理では、政府の指示が全てとなってしまう。政府の方針に反する活動を否定することになる。NGOは、政府の政策の範囲内で活動するだけの存在になってしまい、NGOの存在意義を貶めるものである。

 実際、イラクで拘束されたオーストラリアの人道支援活動家ドナ・マルハーンは、イラク派兵を推進したハワード首相に対し、堂々とイラク撤兵を主張した。

 再びイラク入りした後の2004年11月25日付ハワード首相宛て書簡では、オーストラリア政府による軍事的な関与と同等の友情と共感の人道的な関与が必要だ(I need to balance your Government's military involvement with a human involvement of friendship and compassion.)と活動を正当化している。

 そもそも、主権在民の民主国家において政策を提示、批判することは、国民にとって当然の権利であり、義務でもある。

 仮に被害者家族が自衛隊派兵に賛成していたにもかかわらず、メンバーが人質として拘束された途端、武装勢力の要求に従って自衛隊撤兵に宗旨替えしたならば、変節漢として非難に値する。ところが、実際は人質事件が発生したためにマスメディアが彼らの主張を大きく取り上げたに過ぎない。

 結論とし、本作品は表面的には、人質肯定派に近いように見えながらも、人質肯定派の真の論理を理解していない。

■「非歴史性」批判

 本作品は、人質事件の描き方としては浅く、その視点でのみ観るならば、人質肯定派にとっても、人質否定派にとっても不満が生じる内容である。

 しかし、本作品の主題は、日本社会の非歴史性批判である。

 既に「過去」へと追いやられたような感のあるイラク人質事件の論点を、このような形で思い出すこと自体が、日本社会の非歴史性への抵抗になる。あらためて本作品の奥深さが感じられた。

(記者:林田 力)

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