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2007年11月13日(火) 00時00分

おやき(長野県小川村)読売新聞


丸ナスと野沢菜入りの焼きたておやき。割ると、熱々の野菜の汁が出てくる

 山深く米の収穫の少ない信州では、昔から粉料理が作られてきた。小麦粉を使うおやきは、そばと並んでその代表格。野菜を入れて、焼くか蒸せばできる素朴な料理だ。今では専門店ができ、中の“あん”もさまざま。本場で、作りたてのおやきを味わった。

信州の寒冷な風土が作る
野菜たっぷりの粉料理

 おやきは、主に麦食の盛んだった県北部で食べられていた。中でも「西山地区」と呼ばれる山間には昔ながらのおやきが残っている……そんな話を聞いて、長野市街から西へ車を走らせた。白馬方面へ20分ほど行くと、おやきの製造・販売で知られる第三セクター方式の「小川の庄」に着いた。

 昭和61年に村おこしの一環として7人で始めた小川の庄は、今では長野市内に支店をもち、従業員86人を数える事業に。

 「養蚕業がすたれ、過疎化で先細りでしたから、当時の社長が『小川村自慢のものを売ろう』と企画を持ち上げたんです。今ほどおやきの知名度がなく、よく県庁や東京へ売り込みに行きました」と話すのは、立ち上げからかかわってきた権田近芳さん(83)。20年前はあくまで家庭食だったという。


小川の庄の従業員は、家庭でもおやきを作っている地元の主婦たち(小川の庄/小川村高府2876/TEL026・269・3760/おやき1個160円〜)

 ユニークなのは小川の庄には定年がなく、60代以上の女性が多いこと。人口3300ほどの村で、地元のおばあさんたちがおやきを作っている。これが、食に安全と手軽さを求める消費者のニーズに合ったのだろう。従業員の1人、隣の中条村在住の松本房子さん(70)に作り方を教わった。

 まずは皮づくり。小麦粉に塩と水を入れて耳たぶの硬さになるまでこね、1時間ほど寝かしたら40〜50グラムの大きさに切っておく。

 この日の“あん”は塩漬けの野沢菜と、旬の丸ナスの2種類。野沢菜は塩抜きをして刻み、サラダ油を入れたみそとあえる。さいの目切りにした丸ナスも、包むときにサラダ油入りのみそをのせる。

 おいしく作るコツは「皮はなるべく薄くして、具をたくさんのせる」。均一にのばした皮に具をたっぷり盛って、饅頭の要領で両手の中で回しながら閉じていく。

 小川の庄の名物は囲炉裏で焼く「縄文おやき」。村内の筏が原にある縄文時代の遺跡にちなんで名付けられたものだが、昔はどの家も囲炉裏で作っていた。

 吊るしたホウロクで両面に焼きめを入れ、灰の上の渡しにのせて15分ほど焼いたらできあがり。家庭ならホットプレートで焼いたり、セイロで蒸したりする。

 「若いころは余った野菜とか、年を越してすっぱくなった野沢菜とか、あり合わせを入れたものですけどねえ。3食に1度は必ずおやきが出ましたよ」と、松本さんは顔をクシャクシャにして笑う。

 具はナス、野沢菜、カボチャ、ニラなどの野菜や、ノビル、シメジといった山菜・きのこ類。最近はリンゴやチョコレートを入れておやつ感覚で売る店もある。


 作り方も変わった。かつては灰の中に入れて直に焼いたが、ガスコンロなどの登場で囲炉裏は姿を消していった。平地で蒸し型が主流なのは、生産効率がよく軟らかく仕上がるというだけでなく、囲炉裏の消失が早かったためとも言われる。文字通り焼いて作るのが元々の「お焼き」だったのだ。

 見れば、渡しの上のおやきの皮に割れ目ができて、液体がにじんでいる。「野菜の汁ですよ。それが皮につくのが、またうまい」と権田さん。焼き上がりを口にすると、焦げ目のある皮の表面はサクッ、中はふんわり。甘めのみそがよくからんだ、熱々のナスの汁気が口の中に広がった。かむほどに、フランスパンのような食感の皮が香ばしく、ナスそのものの味がジワッとしみ出てくる。

 乏しい食料事情が生んだおやきには、それぞれの家庭の味があった。そのおふくろの味が今、ぬくもりを残したまま形や材料を変え、様々な場所で食べられている。(文/福崎圭介 写真/佐藤新一)

旅行読売12月号より

http://www.yomiuri.co.jp/tabi/gourmet/fudoki/20071113tb03.htm