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2007年11月10日(土) 00時00分

(5)「卒業したら大人」で困惑読売新聞


「食卓が楽しい語らいの場だとわかってくると、不信感でいっぱいだった子どもたちの表情もだんだん和らいできます」と話す遠藤浩さん(奥)(横浜市金沢区の「えんどうホーム」で)=森下綾美撮影

 横浜市金沢区にある遠藤家の食卓は、10月末の日曜日の夜、普段にも増してにぎやかな笑いに包まれた。

 ここで暮らす17〜19歳の4人の若者に加え、かつて住んでいた20代の若者ら3人が訪ねてきたからだ。

 ミートローフ、スモークサーモン入りのシチュー、ホウレン草のサラダ……。手作りの料理が次々並ぶ。「施設からここへ来て、初めてこんなおいしい料理があることや、食卓を囲む楽しさを知った」。15歳から1年半ここで暮らし、現在は建具職人として自活している男性(25)が笑顔でそう話す。向かいの20代の女性は「私にとっては、ここが実家なの」と言う。

10代の砦 自立援助ホーム

 遠藤浩さん(60)、佳子(よしこ)さん(54)夫妻が自宅で運営する「えんどうホーム」は、自立援助ホームと呼ばれる。児童養護施設などを退所して就職する子どもに対し、生活の場を提供し、自立に向けた支援をするというのが、ホームの趣旨。だが実際には「虐待や親の養育放棄などによって、家に帰りたくても帰れない10歳代後半の子どもたちの命と生活を守る最後の砦(とりで)」と遠藤さんは言う。

 児童養護施設にいられるのは原則18歳までで、高校卒業と同時に自立しなければならない。また、18歳未満でも、高校に進学せずに働き始めた場合や、高校を中退した場合は、退所を促されることが多い。帰るべき家を持たず、仕事もうまくいかず、行き場を失ってホームレスになったり、非行に走ったりする子どもが少なくないといわれる。

 「児童虐待は幼い子どもの問題と思われがちだが、虐待の傷はそう簡単に癒えるものではない」と遠藤さん。いくつになろうと、困った時にはいつでも立ち寄れる「心の安全基地」が必要だと訴える。

 仕事探しからアパートの保証人の確保、金銭・健康管理、家事に至るまで、10歳代後半の子どもが一人で生きていくのは大変だ。

 自立へのハードルを少しでも低くしたいと、NPO法人ブリッジ・フォー・スマイル(東京)では、児童養護施設で暮らす高校生を対象に「巣立ちプロジェクト」と名づけたセミナーを開催している。その会で、この春、施設を出て働き始めた男性(19)は「最初は一人の寂しさがこたえた」と自らの体験を語る。

 高校卒業までの約9年間、児童養護施設で育ち、大学卒業後、現在は外食関連企業に勤める廣瀬さゆりさん(24)は言う。「庇護(ひご)され、何の心配もいらないと育ってきたのが、卒業間近になると急に自立を迫られる。その戸惑いは大きい」

 廣瀬さんの大学卒業論文のタイトルは「児童養護の当事者による、自立の力を育(はぐく)む援助に関しての一考察」。愛されているという安心感の欠如や、子どもの自主性や主体性が育ちにくい養育環境が自立へのハードルになっているのではないかと考え、施設出身者10人のインタビューなどを実施して書き上げた。「子どもが自分を肯定的にとらえ、将来に希望を持てるような援助こそが求められる」と語る。

 就職や進学の費用をどうするか、という問題もある。

 虐待などで親からの経済援助が見込めない子どもに対する国や自治体による就職支度費は約20万円。同じく大学進学に向けた自立生活支度費も約20万円のみ。

 「これではとても足りない。特に子どもの成長に教育は不可欠。大学に行きたい子どもは行かせる支援策が必要だ」。自立に向けた独自の研修を行っている児童養護施設「希望の家」(東京都葛飾区)施設長の福島一雄さんは強調する。

 子どもは次世代を担う社会の宝だ。子どもが受けた傷を癒やし、将来への道を開くのは社会の責任といえる。国、地方自治体、民間や地域社会が、その責任を自覚することが虐待ゼロへの一歩につながるはずだ。

 (社会保障部・猪熊律子、生活情報部・小坂佳子、大阪生活情報部・古岡三枝子、社会部・中村亜貴、地方部・古屋直樹) (おわり)

自立援助ホーム 民間で始まり、1988年度から国が補助、98年度、児童福祉法で「児童自立生活援助事業」と位置づけられた。全国に41か所(07年2月1日現在)あり、国は2009年度までに60か所に増やす計画。国と自治体による運営費補助は、10人未満の場合、約630万円、10人以上は約730万円(07年度)。子どもから月3万円程度の生活費を受け取っているホームが多い。


http://www.yomiuri.co.jp/feature/orange/fe_or_07111001.htm