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2007年11月08日(木) 00時00分

(3)愛情の渇望に応じきれず読売新聞


「お姉ちゃん聞いて」。女性職員に学校のことを話す子どもたち。聖家族の家のグループホームは家庭的な雰囲気だ(大阪市で)=工藤菜穂撮影

 関西地方の緑に囲まれた山の中腹に、約150人の子どもたちが生活する児童養護施設がある。2年前に建て替えたばかりだが、施設内の壁には穴が二つ開いている。

 子どもが自分の感情をコントロールできず、壁を拳で殴ってできた穴だという。この施設には家族のもとで暮らせない2〜18歳の子どもたちがいる。理由は様々だが、親から虐待を受けた子は6割を超す。「親と離れて施設で生活する子どもたちは、自分だけに愛情を注いでくれる人を探している」と職員は感じる。

 しかし、6歳以上の子ども6人に職員1人(5歳以下は子ども4〜2人に職員1人)という国の職員配置基準は1970年代から変わっていない。基準を超えた職員を雇うとなると、人件費は施設側の負担になり、難しい。ここでは約35人の保育士らで24時間をカバーしている。

 数年前、中学生だった明美さん(仮名)は、夜が更けるのを待っていた。新しく配属された女性職員とじっくり話したい様子だった。2人きりになれるのは、職員が小さな子どもたちを寝かしつけてからだ。明美さんは職員とリビングでおしゃべりを始めた。

 午前0時。「もう、寝よか」。職員の一言に、明美さんは突然、テーブルに額をガンガン打ちつけだした。職員に他意はなかったが、明美さんは自分が嫌われたと思ったようだ。

 その日から、明美さんの行動はエスカレートした。壁にも頭を打ちつけたり、台所の包丁を取り出し、刃先を自分の胸に突きつけ「死ぬ」と叫んだり。そして職員が宿直当番の夜、宿直室のドアのすき間から「睡眠薬を飲んだ」と書いたメモを入れた。明美さんは病院に運ばれた。

 「子どもがため込む人間不信、恐れ、劣等感。心の扉を開けて、そうしたものから解放してあげたいが、噴き出すエネルギーが大き過ぎて手に負えないこともある」と施設長は話す。この施設では職員が年間2人前後辞めていく。「子どもと一生懸命に向き合えば疲れていく。子どもたちを受けとめる職員の体制を整えないと、細やかな対応はできない」と悩む。

養護施設の小規模化急務

 全国児童養護施設協議会(東京)の調べでは、子どもが20人以上の集団で生活している児童養護施設は全体の7割を超える(2005年4月現在)。もともと戦災孤児の収容が目的で設立された施設だが、虐待を受けた子どもの入所が増えるなど、時代とともに抱える問題は大きく変わった。

 このような状況を改善するため、国の「社会的養護体制に関する検討会」は5月に中間まとめを発表。大人数の集団生活では一人一人に目配りができないため、施設の小規模化を盛り込んだ。

 大阪市東住吉区の住宅街の一角。木造2階建ての家に、3歳から高校2年生までの男女6人が生活している。ここは児童養護施設「聖家族(せいかぞく)の家」が小規模化を進めるために設けたグループホーム(分園)の一つだ。女性職員2人が住み込み、近くにある本園からの応援職員も2人いる。「1日ずっと一緒にいるので、子どものいろいろな姿を見ることができる」と職員は言う。

 聖家族の家は1979年から、民家を借りるなどしてグループホームを作り、現在は6か所ある。子どもが少ないため、職員が買い物に連れていったり、一緒にご飯を作ったりすることもできる。

 施設長の中田浩さん(70)は「人間関係を断ち切られる経験を繰り返してきた子どもたちには、小さな集団で濃い人間関係を経験することが必要。家庭に近い暮らしを経験できるため、社会に出たとき戸惑いが少なく、自立にも役立つ」と強調する。

 子どもにとって良い施設を目指そうと、様々な試みが始まっている。

児童養護施設 全国に558か所あり、2005年10月現在、3万830人が入所している(定員3万3676人)。対象は原則1〜18歳で、児童相談所が入所の必要性を判断する。最近は虐待を受けた子どもが増え、04年度の新規入所者では62.1%を占めた。全国児童養護施設協議会の調べ(複数回答)では、施設の生活単位は大舎(20人以上)が70.6%、中舎(13〜19人)16.9%、小舎(12人以下)21.5%。

 児童虐待防止に取り組む全国の25団体でつくる「日本子どもの虐待防止民間ネットワーク」は19日まで、「全国一斉子育て・虐待防止ホットライン」(全国共通ナビダイヤル=0570・011・077)で相談を受けている。


http://www.yomiuri.co.jp/feature/orange/fe_or_07110801.htm