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2007年11月07日(水) 00時00分

(2)子育ての孤独 「仲間」と共有読売新聞


虐待する親の回復支援プログラムを受けた主婦。テキストを手に「子どもに落ち着いて向かい合えるようになった」と話す(大阪府内で)=中村亜貴撮影

 「子どもさんはおびえています。一晩、児童相談所で預かってもらいましょう」

 昨年秋。大阪府内の主婦(44)に警察から電話があった。

 その日、中学2年の長男が髪を染めたのを見て、顔や体をたたき、はさみで髪を無理やり切ろうと追い回した。長男は逃げだし、交番に駆け込んでいた。

 体罰はしつけに必要だとずっと考えてきた。夫は仕事で週末しか帰らず、「しつけは自分がしなければ」と思ってきた。試験の点数が悪い時にもたたき、部屋にあるものを投げつけた。

 主婦は児童相談所から、虐待する親の回復支援プログラム「MY TREE ペアレンツ・プログラム」を受けることを勧められた。

 このプログラムは、米国と日本で虐待防止の専門職員の養成に携わってきた「エンパワメント・センター」(兵庫県)主宰、森田ゆりさんが考案した。親が10人でグループを作り、認定を受けたリーダーのもとで行われる15回の会合で、人間の感情やコミュニケーションについて学び、自身の不安や痛みを語り合う。

 主婦はここで、自分も暴力を受けて育った過去を振り返った。暴力がしつけと思っていたのは、親との関係がそうだったから。それがつらかったはずなのに、同じことをしていたと気づいた。ほかの人も共感してくれ、みな同様に悩んでいるのだと知ることができた。

 今では、かっとなっても子どもから少し離れてみるなど、会合で学んだ対処法を使い、衝動を抑えられるようになった。長男には「お母さんは、変われるように頑張るよ」と話している。

 関西地方では現在、7自治体の児童相談所やNPOなどがこのプログラムを取り入れている。「自分を深く見つめる環境を作ることで、自身をケアする力や問題を解決する力を回復することが目標」とリーダーの中川和子さん(45)は話す。

 児童虐待問題では、児童相談所が子どもの保護に重点を置くため、ときに親と対立することもあり、親のケアを児童相談所が行うのは難しいとも言われてきた。だが、親子が再び一緒になるには、親が変わることが不可欠だ。3年前の児童虐待防止法の改正では、親子で暮らせるように親への指導を行うことが明記された。

 虐待の多くに共通するのは、親が子育てに関し孤独を感じていること。その点から、児童相談所でもグループケアの力が注目され始めている。

 東京都児童相談センターでは2002年から、子と引き離した親へのプログラムの一つとして、社会福祉法人子どもの虐待防止センター(東京)が続けてきた「MCG(マザー・アンド・チャイルド・グループ)」の手法を取り入れたケアを始めた。

 MCGは、同じ悩みを抱える「仲間」の力で互いを癒やすことを目指して始められた。参加者はお互い否定をしない約束で、子育てに関して思っていることを隠さず話す。

 都児童相談センターのグループでも、子を引き離したセンターへの非難も含め、親たちの思いを話してもらう。これまで、母親、父親のグループ共に、参加者の約半数が、施設などに保護されていた自分の子どもを家庭に迎えることができた。それまでは個別カウンセリングのみだったが、犬塚峰子・治療指導課長は「悩みを抱える者同士が共感できることが、人とのつながりを大切に思う心を取り戻すのに有効なようだ」と手応えを感じている。

 神奈川県厚木児童相談所でも05年からグループケアを始めたほか、横浜市も今年、四つの児童相談所に親子が一緒になるための支援専門の担当者を2人ずつ置き、導入を始めた。

 虐待防止センター理事の広岡智子さん(56)は「親の支援プログラムを始めたところでは、親支援は児童相談所以外の場所で行うなど、親の抵抗感を和らげる工夫もしている。多くの児童相談所で、民間とも連携したこうした取り組みが広がれば、再び一緒に暮らせる親子はもっと増えるはず」と期待する。

児童虐待防止法 2000年施行。04年の改正で、虐待を受けたと思われる場合まで通告義務を拡大することや、市町村の相談対応の義務化などを盛り込み、親指導の必要も明記された。今年、再度改正され、虐待が疑われるのに保護者が出頭要求に応じない場合、児童相談所が立ち入り調査できることや、保護者の子どもへの面会・通信の制限の強化などが盛り込まれた。


http://www.yomiuri.co.jp/feature/orange/fe_or_07110701.htm