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2007年11月03日(土) 14時15分

奈良の少年調書流出事件、鑑定医を起訴…著者は不起訴読売新聞

 奈良県田原本町の医師(48)方で起きた放火殺人事件を巡り、長男(17)の供述調書などを引用した単行本「僕はパパを殺すことに決めた」が出版された秘密漏えい事件で、奈良地検は2日、長男を精神鑑定した医師崎浜盛三容疑者(49)(京都市左京区)を刑法の秘密漏示罪で奈良地裁に起訴した。

 本の著者でフリージャーナリストの草薙厚子さん(43)については、嫌疑不十分で不起訴処分とした。情報源の逮捕という異例の経緯をたどった事件の捜査は終結、崎浜容疑者は保釈保証金300万円で保釈された。

 起訴状によると、崎浜容疑者は昨年8月に奈良家裁から鑑定医に選任され、同10月5〜15日ごろ、自宅などで計3回、鑑定資料として受け取った長男の供述調書の写しなどを草薙さんに見せた。崎浜容疑者は動機について、「広汎性(こうはん)発達障害への誤った認識を解きたかった」などと供述したという。一方、草薙さんについて、奈良地検は崎浜容疑者と共謀して本を出版した「身分なき共犯」に当たる疑いがあるとして捜査を進めたが、崎浜容疑者が単行本の内容を事前に知らされておらず、共犯関係の立証は困難と判断した。

 草薙さんの取材方法については、外務省秘密漏えい事件の最高裁決定(1978年)が「違法性があるのは社会通念上是認できない場合」などとしており、2人の間に金銭授受などが確認できないため、「正当な取材活動の範囲内」にあたると判断したとみられる。

 崎浜容疑者は保釈後、「少年のためと思ってしたことが、結果的にこういうことになり、残念で複雑な気持ちです」と述べた。

 また、草薙さんは「ご迷惑をおかけした方々には申し訳ない気持ちでいっぱいだが、公権力の介入は許せない」、講談社も「いかなる形であれ、出版・報道に対する公権力の介入は許されない。鑑定医の方に深くおわび申し上げるとともに、社会的責任を果たすべく出版活動を続けていく」との談話を出した。

【解説】取材源守れずメディアに痛手

 起訴されなかったとはいえ、草薙氏や出版元の講談社には、取材源を守れなかったことや少年やその家族から反発を招いた表現方法について、自ら検証することが求められる。

 著書の中で「A4判にしておよそ3000枚」と、参考にした調書などの枚数を明かし、それらが精神鑑定以前のものに限られていたため、取材源は鑑定医と容易に特定される事態を招いた。今後、取材源が逮捕を恐れて協力を拒んだり、内部告発に消極的になったりする可能性があり、今後のメディアの取材活動にとって大きな痛手となった。

 かつて、同じ講談社の「週刊現代」にオウム真理教最高幹部の調書を提供した弁護人が、東京地検から秘密漏示容疑で自宅などの捜索を受けた例がある。草薙氏側は、出版による法務・検察当局の反応を予測できたはずだ。

 草薙氏や講談社は、出版の目的を「事件の真相を伝えたいため」という。だが、取材に応じた少年の祖父さえ「人権への配慮を欠いた興味本位の本」と憤った。

 真実追求という公益を目的とした取材の出発点に異論はないが、取材・表現方法に無理はなかったか。

 講談社は第三者を加えた調査委員会で出版の経緯や意義を検証し、公表することを表明した。委員会の議論の行方を見守りたい。(奈良支局 湯川大輔)

http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20071103-OYT8T00074.htm