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2007年04月18日(水) 08時02分

長崎市長銃撃 テレ朝に犯行予告?スポーツ報知

 長崎市長選(22日投開票)の選挙運動中だった伊藤一長市長(61)が17日午後7時50分ごろ、JR長崎駅前の選挙事務所近くで、背後から男に拳銃で撃たれた。心肺停止の状態。長崎県警は殺人未遂の現行犯で、指定暴力団山口組系水心会会長代行、城尾哲弥容疑者(59)を逮捕した。容疑者は、長崎市との間でトラブルがあったという。これに関連し、テレビ朝日系「報道ステーション」あてに同日、容疑者の名前が差出人として書かれた郵便物が届いていたことも分かった。

 演説を終えたばかりの伊藤市長の背後から、2発の凶弾が襲った。

 事務所前で、選挙カーを降りた直後だった。崩れ落ちた市長の腹部付近から広がる血。ジャンパーをかぶせて抱きかかえ、歩道に移動させようとする事務所関係者。到着した救急隊員が人工呼吸を続けた。「市長、市長…」。周囲の必死の呼びかけにも、反応はなかった。伊藤氏はすぐに同市の長崎大病院に搬送され、午後8時45分から緊急手術を受けたが、心肺停止の状態だという。

 「タイヤがパンクしたようなパーンという音が響いた」。現場を目撃した男性(32)らは、こわばった表情のまま声を震わせた。現場は、帰宅途中のサラリーマンらが行き交う駅前の大通り。発砲の焦げたにおいが残る中、女性の叫び声や逃げまどう人々で騒然となった。

 近くの横断歩道では、その場にいた4、5人の男性が、発砲した城尾容疑者を上からのしかかるように取り押さえた。容疑者は抵抗する様子もなく、そのまま到着したパトカーに押し込まれたという。

 県警によると、城尾容疑者は「自分が撃ったことに間違いない」「伊藤市長を殺害する目的で数発発射した」などと供述。県警は、回転式の拳銃1丁を押収した。

 城尾容疑者は2003年、同市発注の工事現場で、道路の陥没部分に乗用車の車体の一部がはまる破損事故を起こしている。容疑者はその後、現場の警備などに問題があったとして、同市に抗議。市長である伊藤氏を私文書偽造で告訴(不起訴処分)していた。このトラブルが、今回の事件につながった可能性もある。

 長崎市では90年1月18日、当時の本島等市長が市役所玄関前で、同市の右翼団体「正気塾」幹部に短銃で胸を撃たれ、1か月の重傷を負う事件が起きた。

 本島市長は88年12月、市議会で「(昭和)天皇の戦争責任はあると思う」などと発言しており、これに抗議しての犯行だった。右翼幹部は殺人未遂罪に問われ、長崎地裁は90年12月「暴力による言論の封殺」と懲役12年の判決を言い渡した(その後確定)。

 伊藤氏は75年に市議に初当選。その後県議を経て、95年4月、本島氏の5選を阻んで初当選し「本島氏を引き継ぐ。戦争を知らない世代に平和の尊さと核兵器廃絶を訴えたい」と意欲を見せていた。

 ◆なぜ公表しない!抗議殺到で謝罪

 長崎市長銃撃事件で、殺人未遂の現行犯で逮捕された城尾容疑者の名前が差出人として書かれた郵便物が17日、テレビ朝日のニュース番組「報道ステーション」で紹介された。

 同番組では城尾哲弥容疑者からの「犯行声明文」とテロップをつけて紹介。「伊藤一長長崎市長を許せないのは、市民のため、県民のため、不正を許すことができないからです」と直筆の手紙を映し公共事業のトラブルなどを挙げて、城尾容疑者の主張を紹介した。15日の長崎中央郵便局の消印で同番組にこの日、到着。郵便物には手紙のほかにテープと資料が入ってたという。

 ところが、番組を見た視聴者から「犯行声明が届いたなら、未然に事件を防げなかったのか」などの苦情や質問が同局に殺到。番組後半部分でキャスターの古舘伊知郎(52)は「一部、ナレーションで『犯行声明』として、誤解を生んでご迷惑をおかけしました」と異例の訂正、謝罪を発表した。テロップを「市長糾弾の手紙」と変えて再度、城尾容疑者の手紙を紹介した。古舘キャスターは「なぜ、未然に防げなかったのかとの抗議がありましたが、郵便物が届いたのは夜でありました。さらに市長の銃撃は一切触れられていない。そして物理的に動くことができなかった」と「犯行声明」であることを否定し、訂正、謝罪した。

 テレビ朝日では抗議の数などは明かしていないが、相当数の抗議があった模様だ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070418-00000081-sph-soci