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2007年04月17日(火) 01時54分

4月17日付 編集手帳読売新聞

 「東海道中膝栗毛(ひざくりげ)」で弥次郎兵衛が喜多八に一杯食わせ、ひとりで女にもてようと画策する場面があった。計略通りに事が運び、小躍りしてつぶやく言葉は「しめこのうさぎ…」である◆「しめしめ」を意味する慣用句の語源には諸説あり、「しめこ」は兎(うさぎ)を飼う箱とも、兎の吸い物ともいう。飼育箱の兎も、調理された兎も無力である。だまされた相手をあざ笑うかのような、心卑しい響きが感じられなくもない◆肉親を亡くし、悲嘆と生活の不安で目を真っ赤に泣き腫らした家族も大勢いただろう。兎に見立て、「しめこのうさぎ」と小躍りした生命保険会社があったとは思いたくない◆生保38社の保険金不払いが5年間で25万件、284億円にものぼることが分かった。契約者が死亡し、家族から特約分の請求がないのをいいことに、知らぬ顔の半兵衛を決め込んだ事例などが目立つ◆家族の死後であれ、自分の病後であれ、心に余裕のある人はいない。混乱と多忙のなかで特約分の請求を忘れる人もいるだろう。請求がないから支払わない、というのは、どさくさに紛れた「しめしめ」であると疑われても仕方ない◆「しめこのうさぎ」の「しめ」には「絞め」の意味が掛けられているという。保険金不払いの不祥事が絞めたものは誰の首でもない。信頼という経営の喉元(のどもと)である。

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20070416ig15.htm