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2007年04月14日(土) 23時45分

生保不払い284億円、契約者軽視の体質読売新聞

請求主義にあぐら、特約などの注意喚起せず

 生命保険各社が13日発表した保険金不払い調査で明らかになったのは、保険会社が契約者からの請求がないことを理由に、保険金を払わないケースが日常的にあったという事実だ。

 「請求された分だけ払えばよい。契約者に請求案内する必要はない」という請求主義がはびこっていた。複雑な特約を上乗せした生命保険を契約する消費者は多い。保険業界は契約者重視の精神が改めて問われている。(経済部 庄野和道、岡田章裕)

▼通 院

 最も不払いが多いとみられるのは通院特約だ。退院後120日以内に通院した場合に1日当たり数千円が支払われる内容で、医療保険の契約者が追加加入することが多い。身近な商品だけに、業界全体の最終的な不払い件数は数十万件規模になりそうだ。

 医療保険の契約者は通常、退院直後に入院保険の支払いを請求する。保険会社は通院特約の対象になる可能性があっても、契約者にわざわざ案内しないのが一般的だ。このため契約者は追加分を請求できることに気づかず、不払いとなったケースがほとんどだ。

 ある生保幹部は「通院特約は請求が少額のため、大きな苦情に発展せず、全く問題ないと思っていた」と話す。こうした問題意識のなさが巨額の不払い問題を生む土壌となった。

 13日の記者会見で、日本生命保険の岡本圀衛社長が「顧客の立場に立った事務、支払い体制になっていなかった」と反省の弁を口にした。生保12社の社長は全員、それぞれ記者会見の場で立ち上がり頭を下げた。

 通院特約の問題は、自動車保険や医療保険などの不払い問題が一段落した損害保険業界にも波及しかねない。金融庁が損保業界にも調査を命じる可能性があり、損保の不払い問題の新たな火種にもなりかねない。

▼3大疾病

 金額ベースで不払い案件の大部分を占めるのが「3大疾病特約」だ。がん、脳卒中、心筋梗塞(こうそく)で入院した際、入院保険金に加えて数百〜数千万円の死亡保険金相当額が先払いされる。

 国内生保が販売する総合保障型の死亡保険の多くに含まれる人気特約で、長期間の闘病やリハビリ生活を支えるとの売り文句で各社が販売に力を入れている。しかし、請求は入院保険金とは別用紙、時期も別にしなければならないなど、手続きが煩雑なために請求しないまま不払いとなったケースが目立った。

 生保側が診断書をもとに請求を促すこともできるはずだが、生保各社は「契約者ががん告知を受けていない場合、こちらから連絡すれば、保険会社ががん告知する事態になる」と反論していた。

 生命保険協会会長でもある第一生命保険の斎藤勝利社長も13日の記者会見で「請求を促したが、審査した結果、支払い対象ではないと判明して苦情になることもあり、積極的に請求を促すことにためらいがあった」と弁解した。外資系生保では3大疾病特約でも主治医や家族と連絡を取って支払いを進めているケースが多い。生保業界の弁明の根底には、顧客サイドに立ったサービスを軽視する姿勢が影を落としている。

 医療保険 病気やケガなどで手術や入院した際に、入院日数などに応じて給付金が支払われる保険。生命保険協会によると、2005年度末で約1600万人が加入している。生保と損保の間の第3分野と呼ばれ、生命保険会社だけでなく、損害保険会社でも扱っている。

鈍い業界の意識転換

金融行政 事後チェック型に

 保険金不払い問題を巡る金融庁と保険会社の溝は深い。山本金融相は13日夕、「万が一に支払うのが保険の商品設計。その心臓のない商品はあり得ない。一番大事なところが欠落されては困る」と述べ、保険会社の経営のあり方を厳しく批判した。顧客からの請求がなければ支払わないという問題は、すでに損保会社が昨年来、指摘されていた。それにもかかわらず、生保の動きは鈍かった。

 金融庁の五味広文長官が今年2月、業界との意見交換会に臨み、直接、調査を厳しく促した結果、ようやく本格的な調査が始まったのが実情だ。山本金融相が問題の背景に「護送船団方式が長かった」と指摘したように、保険業界は金融当局の顔色をうかがいながら業界秩序を守る意識が根強いと言われてきた。

 請求がなければ保険金を支払わないという問題は、金融庁が検査であまり指摘してこなかったという事情もある。だが、大手行などの不良債権処理問題が一段落し、金融システム不安が落ち着いた2005年ごろから、金融庁は顧客保護を重視する方向にかじを切った。この変化に保険業界の意識が追いついていない。

 金融行政は当局が手取り足取り行政指導していた時代から、問題があれば厳しく罰する「事後チェック型行政」に転換しつつある。保険会社が顧客保護重視の姿勢に経営改善しない限り、不払い問題の根絶は困難と言えそうだ。

「助け合い」思い出すべき

 今回の調査の特徴は、契約者の理解不足や勘違いで支払いが請求されなかった保険金も「不払い」とカウントしたことだ。生保幹部からは「消費者過保護だ」、「そこまで面倒を見なくてはならないのか」といった不満も聞かれる。

 だが、今回見つかった不払いは保険会社が「請求できるかもしれません」と契約者に電話を1本入れれば防げたものばかりだ。

 国内生保の多くが相互会社という形態なのは、「万一の際の助け合い」のために始まった組織だからだ。日本を代表する大企業に育った今、その初心を思い出すべきだ。(庄野)

http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20070414ik04.htm