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2007年04月06日(金) 01時29分

4月6日付・編集手帳読売新聞

 江戸期の儒学者、新井白石が浪人の身で困窮していた時、人物に惚(ほ)れ込んだ富商河村瑞賢(ずいけん)から「学資3000両で孫娘の婿に」と話があった。白石は断っている◆学者として大成した暁、商人から金をもらったことが傷になるのを案じたという。後年、貿易政策や貨幣改鋳に見識を示して幕政を左右したことを思えば、「商人寄り」という誤解をあらかじめ避けた判断は賢明であったろう◆「のちのち」の誤解を先回りして避けるのは、非凡の人のみに可能な芸当かも知れない。「現在ただいま」の誤解を避けることならば、しかし、普通の人にもできるはずである。できた、はずである◆インフルエンザの治療薬「タミフル」と異常行動の関連を調べている厚生労働省研究班の研究者が、タミフル輸入販売元の製薬会社から寄付金をもらっていた。一部は研究班の研究費に充てられたという◆厚労省の後手、後手に回った対応が製薬会社の寄付金と関連があるとは思わないが、服用する子供をもつ親にも、投与する医師にも、いったい何を信じたらいいのか分からない不安を与えたのは確かだろう◆白石は自身の肖像画に詩を寄せ、「五尺の小身すべてこれ胆(たん)」と書いた。私の体は全部、胆(肝っ玉、しっかりした心)で出来ている、と。白石並みの全部は望まないが、空っぽでは困る。

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20070405ig15.htm