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2007年03月23日(金) 00時00分

国民投票法案は真にフェアか? 修正を加え『完ぺき』 東京新聞

 国民投票の方法を規定する法案作りが大詰めを迎えている。二十二日は衆議院で公聴会が開かれ、また一歩、成立へ近づいた。この法律、手続き法とはいえ、投票の結果は改憲に直結するだけに慎重な吟味が必要だ。自民党が中心になってまとめた法案は、真にフェアといえるのか。「改憲」「護憲」双方の立場から意見を聞いた。 (橋本誠、宮崎美紀子)

 「国民投票法は当然必要だ。憲法が不磨の大典ではないのは世界の常識。九六条に改正手続きがある以上、国会法や教育基本法のように戦後作られなくてはいけなかった」

 まず国民投票法の法案作りにも参加した小林節・慶応大学教授(憲法学)は、その重要性を強調した。

 「憲法改正の発議は、衆参両院の国会議員の三分の二で行う。国民投票法という手続き法を作るのが改憲案が具体的に出た後になれば、黙っていても改憲案が通る法律しかできない」と制定を急ぐよう求める。

 修正案の総合評価は「ちょうどいい案になった。難点はなく、完ぺき」。

 自公のたたき台が憲法改正を一括して国民投票にかけるとしていたのを、安全保障は安全保障、人権は人権と項目別に分ける案に修正した点を評価する。

 「メディア規制も編集長が刑事責任を問われる治安維持法のような案だったから、撤廃させた」

 公務員・教員の運動制限については「公選法で禁止されている選挙活動と違い、利権を生まない。表現の自由の原則に従うべきだが、子どもたちに『明日にも戦争になる』と教える教師も出かねない」として罰則のない訓示規定は認めていいとする。

■自民新草案には慎重な態度示す

 ただし国民投票法の向こう側にある改憲論議となると、自民党の新憲法草案には、かなり懐疑的だ。

 「『海外派兵の手続きは法律で定める』としているが、国連の正式決議と国会の事前承認を得るべきだ。国家が国民に『国を愛せ』というのは教育勅語の世界。権力者を縛るためにある憲法で強制するのでは北朝鮮と同じだ」

 憲法に対する小林氏の基本姿勢は「国民主権、平和主義、人権尊重の日本国憲法は、敗戦があったからこそ得られた素晴らしい憲法。そのうえで、もっとよくする改憲が望ましい」。

 平和主義に関しては「(前文で)『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して』としているが、北朝鮮のように、そんな国民ばかりではない」。だからこそ九条を改正し、侵略戦争の放棄、自衛戦争の権利、常備軍の設置を盛り込むよう求める立場だ。これを「護憲的改憲論」と呼ぶのだという。

 戦後、プライバシーの権利や環境権、知る権利など憲法の想定外のテーマが生まれたことも重視。手を加える必要を感じるという。

 そのうえで、「社民党や共産党が手続き法に抵抗するために、憲法の内容について議論し、自民党を反省させる場がないのは問題。それで、自民党が憲法を無視して海外派兵している。イラクでは航空自衛隊が米軍を輸送しているが、完全に米軍に組み込まれている。いつか撃墜されますよ」と警鐘を鳴らす。

 護憲勢力は国民投票法制定で改憲が加速するのを警戒する。が、小林氏は、「自民党草案の愛国心や海外派兵は、きちんと議論の中で討ち取れる」と反論する。

 安倍政権については「旧来型の自民の二世、三世議員の感覚で、国民から権力を預かっている感覚がないのが恐ろしい。勇ましい復古調の改憲論だ」と感じるという。ただし「自民の少数の良識派と民主の多数の常識派が核になり、もともと護憲派の公明党と一緒になれば、憲法の改悪はあり得ない」。

■かつての“闘士”40年ぶりに集結

 一方、二十二日に国民投票法案の公聴会が行われた国会前では、かつての学生運動の闘士たちが四十数年ぶりに結集し、座り込みとハンストを始めた。

 全学連、全共闘、学生運動OBによる「9条改憲阻止の会」のメンバーは、六、七十代が中心。若いころのような命がけの闘争ではなく、朝十時から夜六時まで、土日、祝日は休むという無理のない“プチ・ハンスト”を展開している。

 中央大自治会出身の三上治さん(65)は「絶えず監視し意見を言わなければ、国家権力は暴走しかねないことを、われわれや、もっと上の世代は体験的に知っている。憲法改正が国民の自主運動として盛り上がり、国民投票法ができるのならいいが、国民と国会の距離が離れ、政府の意見を反映した法案がどんどん通っていく現状を考えると、今、法律ができることに危機感を感じる」と話す。過半数の分母についても「国会で三分の二以上、という厳しい規定があるのだから、国民投票も一般の選挙よりも厳しく、有効投票ではなく、有権者の過半数とするのが当然」と指摘する。

 法案の中身は、二〇〇四年の骨子案にあった「メディア規制」が削除され、期日も「発議後、三十−九十日」から「六十−百八十日」に延長された。一方で、最低投票率の規定がないままでは、投票率が低い場合、国民の意思を反映したことになるのか、公務員・教員の運動の禁止は、彼らの表現の自由を規制するのではないかといった問題が残っている。

■『国民不在』暴走危ぐ

 二十二日の公聴会を傍聴した猿田佐世弁護士は「自民党推薦の公述人以外は、公明党推薦も含め、今国会での成立は避けるべきとの意見だった。自民党は、これまで強行採決や民主党抜きで事を決めようとはしてこなかったのに、ここにきて急に審議がスピードアップしている。公聴会を大阪、新潟で同じ日にやるという強行日程も拙速さを象徴している」と批判する。

■公務員運動禁止 「罰則」に等しい

 また、公務員・教員の運動禁止は「罰則はないが行政処分は科すことができる。日の丸・君が代問題で教員がどんどん処分されているように、これでは罰則があるのに等しい。また、憲法を授業で教えることすら『今ある憲法を支持している』とされる危険がある」と問題視する。

 「グローバル9条キャンペーン」呼び掛け人の青山学院大学大学院・新倉修教授は「国民投票で国民がNOと言えば憲法改正は通らない。それはたしかだが、改正の手続きの枠のはめ方に問題がある」と話す。

 教員の運動禁止も「大学教授が教室で憲法について話すことすら違反になるのでは」と懸念する。

 「誰が見ても後ろ指をさされないように百年の計でやるのが改憲だ。失言、失策でお尻に火がついた政権が、数を頼んで出してくる国民投票法ではアンフェアな競争になってしまう」

 猿田弁護士は、こう強調する。

 「『九条を早めに変えたい』という出口ありきの国民投票法で、フェアなものができるとは思えない。手続き法ですら審議が尽くされないのだから、この先の憲法改正も審議が尽くされるとは思えない」

<デスクメモ> 「愛国心」だの「教育再生」だのとセットになって、改憲論議がやってきた。古い戦争の記憶がよみがえるのは当然だ。「九条がなくなれば、日本人はアジアで商売はできないよ」とは商社マンの友人の弁。諸外国だって、まだ疑っている。これも当然。せめて、米国が戦争をしていないときに話をしないか。 (充)


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20070323/mng_____tokuho__000.shtml