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2007年03月23日(金) 00時00分

「文章筋トレ」小説に集中 作家・重松清朝日新聞

 10枚、20枚、30枚……仕事場の壁にびっしりと並んだ紙は、原稿や講演、ドキュメンタリー番組出演などの依頼文だった。

重松清さん=07年3月17日、東京・成城の仕事場で、戸澤裕司氏撮影

 「壁一面でだいたい36枚。壁がいっぱいになったら、新しい依頼があっても物理的に無理」

 パソコンにつないだ二つのモニターを資料検索と執筆用に振り分けて、400字換算で月に600枚以上の原稿を書く。執筆の合間に弁当をかき込み、倒れるように眠る。それでも壁にすき間が生まれることはない。

 「小説だけに集中した方がいいという人もいるけど、『夢・続投! マスターズ甲子園』にまとまったようなノンフィクションや雑誌のライター的な仕事も手放したくないのは、多くの人に出会える場だから。100人いれば100通りの人生があって、100の物語がある。彼らに出会うことで、そんな物語がぼくの中にたまっていく」

 だからこそ、身を削って(不摂生で身を太らせて)仕事を続ける。だが、そんな量産ぶりを「器用で上手な作家」と皮肉られることもあった。

 「野球にたとえれば、ぼくはコントロールはいいが球が軽い投手と言われてきた。少し球が甘く入るとポーンと打たれてしまう。だから、ノンフィクションから官能小説までさまざまな仕事をあえて続けることで文章を書くいろんな筋肉を鍛えて、重く強い球にしたかった。もっといい小説が書きたい。いや、もっといい小説が書けるはず」

 かつて酔いつぶれた中上健次を酒場からおぶって帰った編集者時代から、小説に向ける過剰で熱い愛は変わっていない。

 「連載が終わって本にしていない小説が10冊分ぐらいたまってしまった。こんなことを書きたいという思いがあっても、その質感がうまく出せなかったものばかり。でも、昨年の秋ごろから、だんだんと太く、強いことばが使えるようになってきた。今年は小説の年になる」

 6月までに文庫を含めじつに7作品が刊行される。大人の入り口に立つ少年を描いた『小学五年生』や、新聞連載に全面的に手をいれた『カシオペアの丘で』など自信作が並ぶ。

 「ぼくは本当は不器用。自分の立ち位置からしか小説を作れない。44歳のぼくに書けるものは、今、書いてしまいたい」

 10年ほど前、照れ隠しに色紙に「売文一代」と書いたことがあった。自虐的な表現だけれど、ことばを通して人とつながり、ことばで生きていく宣言だったように、今は思える。

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 しげまつ・きよし 63年、岡山県生まれ。編集者などを経て、91年に作家デビュー。現代を生きる子どもたちと家族の姿を見つめた『ナイフ』『エイジ』『ビタミンF』などの優しいまなざしで人気を集める。著書は『流星ワゴン』『その日のまえに』など多数。

http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200703230283.html