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正義をつかさどるギリシャ神話の女神テミスは、司法や裁判が厳正公平であることを表す象徴とされてきた。女神像の手には正邪を量る天秤（てんびん）が握られている◆刑罰の程度を決める量刑も、「量」の字が示すように天秤に縁がある。片方の皿に罪を載せ、もう片方の皿に罰を載せる。２７人の命を奪った罪に釣り合う罰とは——と問えば、女神も答えに詰まるだろう◆オウム真理教の元教祖、麻原彰晃こと松本智津夫被告の死刑が確定した。極刑ではあっても、厳刑とは感じられない。この世に死刑より重い刑罰がない以上、天秤の釣り合うことがないのは分かっていた◆それでも多くの人が固唾（かたず）をのんで裁判を見つめてきたのは、悪夢のような数々の犯罪を指揮した被告の口から、事件の全貌（ぜんぼう）と、謝罪の言葉を聞きたい一心からであったろう。期待は裏切られつづけた◆控訴趣意書を期限内に提出しないという弁護側の稚拙な引き延ばし戦術が裏目に出て、２審の審理もないまま死刑が確定する虚（うつ）ろな幕切れである。「傾いた天秤」を霊前に報告する被害者の遺族も語る言葉は容易に見つかるまい◆初公判から１０年５か月、この歳月は何だったのだろう。両親とともに殺されたとき、坂本堤弁護士の長男、龍彦ちゃんは１歳２か月だった。あの事件がなければいまは１８歳、青春の盛りである。