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2006年09月09日(土) 22時49分

(47)焼き肉の街に鮮魚列車 鶴橋朝日新聞

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午前8時55分、行き先のかわりに「鮮魚」と表示した貸し切り電車が到着。長靴姿の人たちが、魚介類の詰まった箱を手に市場へ向かう=近鉄鶴橋駅で

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磯の香りが漂う市場には、威勢の良い声が響く=大阪市生野区で

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つるのはし跡

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日替わり弁当

 大小のエビが、発泡スチロールの箱の中ではねていた。いけすのハモがその場でさばかれ、すし屋の大将に手渡された。

 午前7時、大阪市生野区の大阪鶴橋卸売市場は喧噪(けんそう)の中にあった。約200店のうち3分の1が鮮魚関係で、大半は小売店や飲食店相手の仲卸だ。「朝の市場の空気を吸うと、体がシャンとするな。わしは休みの日でも来とるで」。フグ専門の卸売店「魚勇(うおゆう)」をここに開いて40年の河岡勇さん(68)が笑った。

 「群衆の吐く息がさながら湯煙のようにけむっている。飢えた巨大な胃袋が鳴動していた」(小説「血と骨」から)

 国鉄と近鉄が乗り入れる至便の地に、終戦直後、関西有数の闇市ができた。著者の梁石日(ヤン・ソギル)さん(70)もこの闇市で自家製のかまぼこを卸していた。「物不足で何もない時代。並べた先から売り切れた」と振り返った。

 伊勢や泉州・和歌山の漁民らが電車で行商に来て、その後、大阪各地に店を持つようになった。「電車で運ぶ『担ぎの魚』こそ、鶴橋の原点なんや」。貸し切りの「鮮魚列車」を利用して三重県松阪市と大阪・十三の店を毎日往復する浜口重美さん(55)が言った。

 「焼き肉の街」のもう一つの顔をもっと知りたくなった。

■朝、とれたての躍動

 夜明け前から、漁港に近い三重県松阪市の近鉄松阪駅前に、軽トラックが何台も集まっていた。長靴をはいた男やエプロン姿の女たちが、台車を押しながら改札を通り、発泡スチロールやブリキの箱の荷を次々と赤い「鮮魚列車」に積み込んだ。

 松阪を午前6時43分に出るこの電車は、伊勢志摩魚行商組合連合会が63年9月から貸し切りで運行している。元は通勤用で3両編成。通路は魚介類を詰めた箱が山積みになる。

 「車なんかで運べるかいな。眠いのに危なくてしゃあない。体が持たんわ」

 車の方が便利では——。声をかけると、56歳のおばちゃんが笑って答えた。鶴橋の1駅隣のJR桃谷駅前で鮮魚店を営む。特急で先回りして鶴橋で荷が届くのを待つのだという。大阪までの約2時間が貴重な睡眠時間だ。

 午前8時55分、「鮮魚」と表示した電車が鶴橋駅に着いた。朝のラッシュで込み合うホームで、通勤客にまじって長靴姿の男女がせわしく荷を下ろし始めた。「早起きはつらいけど、苦労を苦労と思っていたらあかんで」。あのおばちゃんが別れ際、そう言ってまた笑った。

    ◇

 アーケードにちょうちんが揺れていた。8月23日、夏の終わりを告げる地蔵盆が、市場の西の端であった。店と店の間、約1メートル幅の空間に、やや窮屈そうに円満地蔵尊が鎮座する。

 市場は、人々の暮らしの場でもある。お地蔵さんの北隣にある大原商店の大原美子さん(57)も子どものころ、遊ぶのは迷路のような市場の路地だった。「知恵をもらえる」と大人に言われ、近所の子どもたちとお地蔵さんに手を合わせた。「地域の共同体は、まだしっかり残っている」。地蔵盆を催す卸売市場協同組合の専務理事宮地孝さん(65)が言った。

 ちょうちんは子どもの無病息災を願って親がつるす。今年は約30個。子どもは年々少なくなり、最も多い時の半分だが、「数が少ないと寂しい」と遠くで暮らす孫の分も入れている。

 地蔵の由来は不明だが、市場ができたころ、今の場所に移ってきた。以来半世紀、木造建築が密集する地区だが、大火にあったことはない。「お地蔵さんが守ってくれている」。そう信じて、みんなで大事にしている。

    ◇

 「何でもそろう」と言われた鶴橋の市場も、大型スーパーなどに押されて苦戦を強いられている。「休みの日でも来る」と言った「魚勇」の河岡勇さん(68)も、後継ぎの長男をスーパーに就職させた。「昔は人込みをかき分けて歩いたもんやけど、お客さんは当時の半分以下。これでは継がせられん」

 市場の雰囲気も変わりつつある。キムチやチマ・チョゴリの店が市場のすぐ近くまで進出して、焼き肉や韓国の食品の看板が目に付くようになった。市場の東にある工場跡地には大型商業施設の出店がうわさされる。

 たそがれ時、鶴橋駅のホームに焼き肉のにおいが漂ってきた。躍動感あふれる朝の風景とはまた違った濃厚な夜が訪れようとしていた。

<アクセス>

 JR大阪環状線、近鉄線、大阪市営地下鉄千日前線の鶴橋駅からすぐ。鮮魚店が並ぶ「大阪鶴橋卸売市場」は、最も近い近鉄東口から徒歩約1分。

<探索コース>

 JRと近鉄の鶴橋駅周辺に広がる市場や商店街は、線路を境に天王寺、東成、生野の3区に分かれる。焼き肉店が多いことで有名な「鶴橋西商店街」は駅北西の天王寺側。JR中央口を西に出るか、近鉄西口を出ると目の前にある。キムチやチヂミなど韓国食材の店が集まる「高麗市場」は、近鉄東口を出て南へ向かうと近い。

 大阪鶴橋卸売市場を東に抜け、疎開道路と呼ばれる市道を南へ約1キロ歩くと、「鶴橋」の地名の由来となった橋を記念する「つるのはし史跡公園」があり、石碑が立つ。日本書紀に「猪甘(いかい)の津に橋わたす」とあり、一帯にかつてツルが多く飛来したことから「つるのはし」と呼ばれるようになったとも言われる。

<味な逸品>

 鶴橋の卸売市場内とその周辺には、早朝から走り回る市場関係者のための飲食店が点在する。「真弓」(06・6976・7392)は朝5時から午後3時までの営業で、ウナギの寝床のような細長い店の1、2階に計18席ある。

 家庭的な味が人気の日替わり弁当は800円。毎朝、市場の店々を見て回り、旬の食材を選んでメニューを決める。

 「ここで商売している以上、よそから買ったら失礼。まあ、手に入らない品はまずないね」

 鶴橋育ちの店主、太田由美(よしみ)さん(60)が語る。ハモとキュウリの酢の物、サンマの塩焼き……。5品のおかずには、その日の市場の季節感が詰められている。食べやすいように、どれも一口サイズに切り分けてある。

 19年前、夫が病に倒れ、家族を養うため開業した。無料で店の内装を請け負ってくれた工務店の社長や、食材に合った調理法を教えてくれた鮮魚店の主人……。「鶴橋の人々のおかげで乗り越えてこられた。ここで続けることが、鶴橋への恩返し」なのだという。

http://www.asahi.com/kansai/fuukei2/OSK200609090019.html