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2006年09月01日(金) 20時51分

歌舞伎町ビル火災から5年 44人の犠牲「教訓に」朝日新聞

 44人が犠牲になった東京・歌舞伎町の火災から1日で5年になった。出火したのと同じ午前1時ごろ、現場となった雑居ビルの跡地を前に、遺族らが鎮魂の祈りをささげた。犠牲者と同じ数のキャンドルとヒマワリ、風船などで飾った献花台。そこには「天国へ旅立った44人の尊い命を無駄にしないでください」という言葉も掲げ、道行く人たちに訴えかけた。

 火災が起きたのは01年9月1日午前1時ごろ。3階の階段踊り場付近から出火し、3階のマージャンゲーム店と4階の飲食店にいた客と従業員ら計44人が一酸化炭素中毒などで亡くなり、3人が負傷した。

 4階の飲食店で働いていて亡くなった植田愛子さん(当時26)、彩子さん(同22)姉妹の母(55)はこの日、花束と千羽鶴を手に現場を訪れた。

 この5年間、母は娘たちに話しかけるように、大学ノートに日記をつづってきた。家族の近況や仕事の愚痴、裁判のこと……。ノートは30冊近くなった。「5年は短いと思うけど、ノートの束を見返すと長く感じる」

 娘たちが幼いころに買い、結婚する時にお祝いに開けようと保管してきたワインを、亡くなってしばらくして娘の友人らに振る舞った。まろやかでおいしかった。その分、余計に悲しかった。

 31日夕方から献花台などの準備をした中村スイ子さん(58)は、長女沙由理さん(当時23)を亡くした。娘の服を身につけ、肌身離さず写真帳を持ち歩いている。娘の友達が「おばちゃん、沙由理みたいだね」と言ってくれるのがうれしい。

 沙由理さんは女優を目指してオーディションを受け続けながら、4階の店で働いていた。「30歳まではあきらめないよ」と言っていた。生きていたらどんな人生を送っていたか。28歳になった娘の友人たちの成長ぶりを目にするたびに想像してみるが、中村さんにとって娘の姿は23歳のまま。それがやりきれない。

 長男の真也さん(当時26)を失った加藤君江さん(53)は、中村さんら他の遺族と毎年、四国や九州で霊場巡りをしてきた。「お遍路さんの最中は、無心になれた。遺族同士のつながりが、どれほど支えになったか」

 都内の大手コンピューター関連会社でシステム開発を担当していた真也さんは、飲食していて火災に巻き込まれた。それからは、「歌舞伎町という地名を見聞きするだけで嫌だった」という。毎月、手を合わせに現場を訪ねるようになっても、「不夜城」が目に見えて変わった気はしない。44人もの犠牲者を出した教訓が必ずしも生きているとは思えないのが悔しい。

 ビルは今年5月からの解体工事で跡形もなく消え、白い鉄板で囲われている。ビルを所有する久留米興産(東京都千代田区)の代理人は「売りに出しているが、まだ買い手はつかない」と言う。遺族の一部は、戦後5番目に多い死者を出した火災の教訓を伝え、犠牲者への鎮魂の場となる慰霊碑を、現場周辺に建てようと考えている。

http://www.asahi.com/national/update/0901/TKY200609010278.html