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2006年02月28日(火) 10時48分

根底に漠然とした不安…「匿名社会」座談会(中)読売新聞

 ——個人情報保護法の全面施行後、多くの過剰反応が起きている背景に、個人情報とプライバシーが混同されている面はないか。

 堀部 それはある。両者は重なるが、違う概念だ。日本に最初入ってきたのはプライバシーで、他人の私生活をのぞき見するような記事に対抗する訴訟の中で主張された。以後、プライバシーは表現の自由とのバランスをどう取るかという点から議論されてきた。一方、個人情報は、1970年代にヨーロッパで情報保護の立法をする過程で、プライバシーの定義が難しいので、制度化するなら比較的範囲が明確な「パーソナルデータ」、つまり、個人情報にしようという考えから出てきた。

 ——個人情報には、守られるべきものと有効利用されるものがあるのに、なぜ、このような過剰保護の傾向が強まるのか。

 山岸 伝統的な共同体では、お互いの情報は筒抜けだ。あなたは私を、私はあなたをコントロールできるからお互いひどいことはできないと、そうして秩序を保っていた。その「安心社会」が限界を迎え、新たな社会秩序が必要になった。だが、安心社会に慣れた人は、見知らぬ人が自分のことを知っているのに、自分はそのことをコントロールできないので大きな不安を感じ、情報を提供するメリットに目が行かなくなる。これはかなり根深いもので、進化的な基盤も関係がある。

 ——進化的な基盤とは?

 山岸 不思議なことに、人間には類人猿の中で唯一、白目の部分がある。(瞳が)どこを見ているか分かり、スキを見せてしまうから不利なのに、なぜ白目を進化させたのか。それは、他者に目を見てもらう必要があるからだ。「私には悪意がない」と伝えることが、社会を作るのに重要だった。

 白目を見せないのは、サングラスをかけることと同じだ。今まで安心を提供していた閉ざされた社会が崩れることへの不安が強くなりすぎ、皆、サングラスをかける。これが今起きていることで、それで社会を営めるのかというのが匿名社会の問題点だ。社会的ジレンマの一種で、皆、不安に駆られて情報を出さなくなれば社会は成り立たない。

 ——伝統的なムラ社会も企業も崩壊し、次のステップが見えていない不安感があるということか。

 江川 犯罪の認知件数が減っても「体感治安」は悪化している。振り込め詐欺とかカード偽造とか個人情報を悪用する事件の情報は、必要ではあるが、不安を高める役割も果たす。漠然とした不安に包まれて今の人たちは生きている。

 堀部 歴史的には、工業化社会になって個人主義が強まり、さらに都市化が社会の変容をもたらして、プライバシーが権利として主張されはじめ、守るべきものとなった。一方、情報化社会では情報が大量に瞬時に駆け巡り、悪用の例もキリがない。その恐れを考えると、過剰反応も起きる。個人情報を悪用してもうけてやろうという例は、80年代からあった。どうしてもルールは必要になる。

 江川 これまでは顔が見える人とだけつき合っていたのが、インターネットの普及が進み、顔が見えない人とのやり取りが増えている。自分が一度発信した情報がどこにどう伝達されていくのか見えないことが、不安や警戒心をより強めているのではないか。

 山岸 弱者を保護するために個人情報を出さないようにしても、犯罪を企てるような人間はどんな手段を使っても“獲物”を探し出すだろう。それより、犯罪にどのように対処していくのかを教える教育のほうが重要だ。〈つづく〉

         ◇

 ◆プライバシーと個人情報=プライバシーは一般に、個人の私生活に関すること、それをみだりに公開されない権利などとされる。個人情報は、氏名、年齢、性別、住所、職業のほか、写真や映像、評価など個人に関するすべての情報を指すが、保護法では「生存する個人に関する情報で、特定の個人を識別できるもの」と規定している。

 【出席者】(敬称略)

 江川紹子(ジャーナリスト)、堀部政男(中央大法科大学院教授)、山岸俊男(北海道大大学院教授)、司会=五阿弥宏安(東京本社社会部長)

http://www.yomiuri.co.jp/feature/fe6000/news/20060228ic01.htm