2004年02月25日(水) 12時45分

春秋（日経新聞）

　江戸川乱歩のデビュー作『二銭銅貨』は、ちっぽけなコインの中に、途方もない情報が隠れている話だ。たかだか直径3センチ余りの2銭銅貨。ひねると２枚に割れ、中の空洞部分に詰められた紙切れには「南無阿弥陀仏」の六文字を組み合わせた奇妙な言葉が……。

▼実はこれ、ある泥棒が盗んだ大金の隠し場所を示す暗号だった。解読して金を横取りしようとした知能犯の男の物語には、例によって、どんでん返しが待っているのだが、こちらの容疑者も計画通りにはいかなかったようだ。「ヤフーＢＢ」から流出した約460万人分の顧客情報をちらつかせ、恐喝しようとした4人が逮捕された。

▼親会社のソフトバンクなどを脅したとされる容疑者らは、個人情報の詰まったＣＤやＤＶＤなどを示し、30億円近い金をせびろうとしたという。小さな記録媒体に潜む膨大な情報量。それを瞬時に複写したり伝送したりできる便利さ。情報技術の利点と背中合わせの危なっかしさに背筋が寒くなる。安全対策は十分だったのだろうか。

▼乱歩の小説は、頭脳を競い合う2人の青年の話でもあるが、現実社会でも、防犯対策と、それをすり抜ける悪知恵とのイタチごっこが続くようでは困る。原因の徹底究明と対策強化を。「不安」まで高速大容量で駆けめぐる社会はまっぴらだ。

http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20040225MS3M2500D25022004.html