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2003年09月17日(水) 01時52分

<立てこもり爆発>「解放」一転炎の凶行 白昼の路上パニック毎日新聞

 2時間に及んだ説得。そして一部人質の解放。事件の無事解決を誰もが期待したその一瞬、見守った人々を襲ったのはごう音と赤い炎、凶器となって降り注ぐガラスだった。16日白昼、炎天の名古屋市東区で起きた立てこもり事件は、容疑者と人質、警察官の3人が命を落とす最悪の結末を迎えた。ガラス片を浴び、血まみれでうずくまる報道陣や市民、「下がれ、下がれ」と叫ぶ警察官の怒号。一線を踏み越えた容疑者の凶行に、駅前の繁華街は大混乱に陥った。【伊藤一郎、桜井平】

 ★突然の爆発

 「男が立てこもった」という一報を受け、愛知県警や消防署員が現場の「名古屋大曽根第一生命ビル」に急行したのは午前10時半前。正午ごろにはビル南側の歩道上に巨大なエアクッションが設置された。金属製の盾を持った県警機動隊員約10人が正面玄関からビルの中へ入り、説得が続いた。

 交渉に当たった警官によると、別府容疑者は要求していた金が振り込まれたことがわかり、「警察、下がれ」と言ったという。ドアのところで説得していた警官らが後ろに離れた午後1時3分、人質7人が解放された。

 男性社員らが出てきた、その直後。4階窓のブラインドがふわりと舞い上がったかと思うと、奥の方で青白い光が走り、ごう音とともにオレンジ色の炎が噴出した。

 割れた窓ガラスの破片は半径50メートル以上に降り注いだ。あちこちで悲鳴が響き、頭を押さえながら逃げ惑う人でパニック状態に。路上には爆風で飛び散ったガラス片やブラインド、おびただしい書類が散乱。顔や足から血を流した報道陣がそう白になった。黒煙を上げるビル東側の窓からは、一人の男性がうつぶせで右半身を出すようにして助けを求めた。

 ビル3階の警備会社の男性社員(45)は「中には、まだうちの社員もいるんじゃないか」。5階の会社に勤める男性(57)も「最悪の結果になった。不審な人間を入館チェックできなかったのか」といらだった。

 緑色のユニホームを着た軽急便の社員らは報道陣の問いかけにも応じず、ぼうぜんとした表情で、黒い煙が上がるビルを見守った。

 ★記者の証言

 「ズシーン」、「ガシャン」。腹の底にこたえる大きな音に驚いて顔をあげるとビル4階の窓がひしゃげるように割れ、ガラスの雨が周囲に降りそそいだ。

 私(報道センター記者、遠山和彦)は爆発したビルの東約15メートルの路上で取材中だった。

 ガラスの雨を避けるため、とっさに身を伏せたが石ころのようなガラスの塊が2、3頭を直撃した。「やられた」。頭を手で押さえた。おそるおそる手に血がついていないか確かめたが、幸い出血はしていない。4階からは黒い煙がもうもうと立ち上り、煙の間から炎が激しく上り始めた。消防隊の放水を浴びながら現場の様子を中部本社に電話で伝えた。

 左足の靴の中がぶかぶかして歩きにくいので靴を履き直した時、靴の中が血でいっぱいになっていることに気づいた。左足の2カ所にガラス片が刺さっていた。歩くほどに血が吹き出てくる。同僚記者に自分のネクタイを渡し太ももを縛って止血してもらった。

 救急隊員に助けを求め、近くの路上で手当てを受けた。負傷者が次々と運ばれてきた。頭から血を流し白い包帯を真っ赤に染めている男性。私のすぐ横の男性は爆発で顔から胸にかけて熱傷を負いながら携帯電話で何度も身内に連絡を取ろうとしていた。電話を持つ手が震えていた。

 隣の男性は酸素吸入を受けていたが顔は土色で生気がない。すぐに救急車に乗せられていたが、どうしただろうか。

 ★会社側の弁明 「理由分からぬ」

 軽急便本社(名古屋市中区、村上一信社長)は、別府容疑者が所属する名古屋南営業所長に今月11日、「仕事に区切りを付けたい」と契約打ち切りをほのめかしていたことを明らかにする一方で「トラブルがあったということは把握していない」と説明した。

 別府容疑者は、同社と今年1月27日に「会員業務委託契約書」を結び、3月から個人事業主として配送業務を開始。同社のシステムは、支店を通して顧客の依頼を会員ドライバーに連絡し、毎月の売り上げを翌々月の20日に受け取るようになっていた。申請があれば報酬を翌月に受け取る「前借り」も可能だったが、別府容疑者は利用していなかった。

 同社では、荷物の移送には指定するワゴン車を使うように定めており、別府容疑者も約105万円で同社から車を購入。約60万円を支払ったうえで、残金を会社が指定する信販会社で60回払いのローンを組んでいた。

 別府容疑者の売り上げは、毎月10〜20万円程度。立てこもりで要求した金額も7〜9月で計約25万円だった。同社に所属するドライバーは、専業の場合は平均で毎月30万〜40万円の報酬を受け取っているといい、別府容疑者の報酬は少なかった。

 同社では、別府容疑者について「得意先からの苦情があったことはあるが、大きなトラブルはなかった」と説明。和田憲治常務は今回の事態に「理由はつかめていない」と話した。別府容疑者の最後の配送は今月12日だった。

 ★警官突入の矢先

 警察官13人を含む44人が死傷するなど被害が拡大したことについて、愛知県警東署特別捜査本部は16日、「犯人を刺激してはいない。(捜査上の)問題はなかったと思う」との見解を示した。

 県警によると、警察官による説得は、発生から約1時間後の午前11時ごろ始まった。この時、女性従業員ら25人は既に解放され、店内では男性従業員8人が人質になっていた。当初は説得に対する店内からの応答はなかったが、軽急便本社が午後0時10分に別府容疑者の要求に応じて25万円を銀行口座に振り込んだ後、状況は進展。警察官2人が同0時30〜40分に、店のドア越しに「そんなことやるな」と呼びかけると、別府容疑者が店内から「じゃあ1時ごろまでにはやるわ(解放するわ)。その代わりに捜査員を下げろ。一人でも捜査員を見たら火をつける」と応じたため、警察官らはいったんドアから離れたという。

 午後1時3分、別府容疑者は約束通りに人質7人を解放。しかし吉川支店長だけが解放されていなかったため、突入役の警察官数人を後ろに従えた説得役の警察官が様子を見に近づいたところ、中から火が見えた。このため突入を図ろうとした矢先に爆発したという。

 特捜本部はこの時の警察官らの対応を「現場の判断で接近した」と説明。「近づく警察官の姿は犯人に見られていなかった」として、捜査上の落ち度はなかったとの見方を示した。

 ★別府容疑者 「働き者」との評判

 別府容疑者を知る人は一様に「まじめな人」と口をそろえ、事件に驚きを隠さなかった。無口だが、礼儀正しく、借金や家庭内のトラブルも聞いたことがないという。

 同容疑者は大阪府内の中学校を卒業後、名古屋市中川区の建具店に入社。近所に住んでいた妻と結婚し、その後、運送会社を転々とした。しかし、どこでも「働き者」との評判だった。

 同容疑者の義母(74)は「娘はいい人と結婚したと喜んでいたのに、まさかこんな恐ろしいことをしでかすなんて」と涙ながらに話した。14日には「敬老の日」のお祝いで同容疑者の妻と長女が花束などを持ってきたばかりといい、「借金があったとは聞いていないし、私にお金を借りに来たこともない。なぜこんなことになったのか気が動転している」と言葉をつまらせた。

 一方、同容疑者と同じ団地に住み10年以上の付き合いがある女性会社員(52)によると、専業主婦だった同容疑者の妻が昨年から「主人の給料が下がったので働くわ」とパートに出ていたという。女性は「とてもいい家族。(同容疑者は)まじめだから金に困ったわけではなく給料の未払いが我慢できなかったのではないか」と話した。

 また別府容疑者が92年9月から2000年1月まで勤務していた刈谷市の運送会社「大興運輸」の人事担当者(41)によると、当時も金銭トラブルもなく勤務態度もまじめだったという。事件は別府容疑者のかつての同僚が本社に連絡して知ったといい、担当者は「本当にびっくりした」と驚いていた。(毎日新聞)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030917-00000117-mai-soci