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2003年07月27日(日) 00時00分

怒りの青森リンゴ農家 『火傷病』の検疫は『貿易障壁』と米国 東京新聞

 米国産リンゴが日本で売れないのは、「火傷病」に対する検疫制度が厳しすぎるからだ。米国側の言い分を、世界貿易機関(WTO)の紛争処理小委員会(パネル)は、またしても認めてしまった。米国産リンゴの“押し売り”攻勢は再び始まるのか。青森県の“怒りのリンゴ”農家を歩いた。 (中山洋子)

 ■2度目のパネル敗訴 下がる値段に追い打ち

 「怖いですよ。(これまで日本に)ない病気さ来るんだはんで…」

 青森県弘前市のリンゴ農家の森山勝江さん(43)は、不安げだ。「リンゴはどんどん値が下がるのに、薬剤は上がる一方だ。これで、新しい病気がきたら、もうやってらんね」

 ■コストの大半が病害の防除費用

 県内ではリンゴの防除のために、年間約五十億円が費やされるという。生産コストの大半が、病害の防除費用だ。それだけに、農家は新たな病害の危険に神経をとがらせている。

 農水省によると、火傷病は米国東部の風土病とされている。感染すると葉や枝が火であぶられたように黒く変色し、木を枯らす。伝染性が強く、現在では欧州全域やニュージーランドなど海外に広がっている。

 一九九四年の米国産リンゴの輸入解禁にあたり、国は火傷病を防ぐために(1)リンゴの木が数年にわたり罹患(りかん)していないことの証明(2)年三回の園地検査(3)輸出リンゴの園地の周囲には五百メートル幅の緩衝地帯を設けること(4)果実の表面殺菌−などの検疫を義務づけた。

 だが米国は、「この検疫制度は厳しすぎ、貿易障壁になっている」と主張してきた。リンゴ果実が火傷病を運ぶ証拠はなく、日本の検疫措置は「科学的根拠がない」というのだ。米国の申し立てで昨年六月にパネルの設置が決まり、先月末に最終報告が出された。米国の主張を全面的に認める内容だった。農水省は上訴を検討しているが、これまでパネルの裁定が上級審で覆った例はほとんどない。

 実は、リンゴ検疫をめぐりパネルで日本が敗れたのはこれが初めてではない。

 前回は、コドリンガという害虫駆除がターゲットになった。品種ごとの検疫は不必要とする米側の主張が認められ、九九年にパネルの上級審で米国の勝訴が確定した。日本は検疫基準の変更を余儀なくされた。

 ■「輸出拡大狙い見せしめに」

 リンゴ農家でつくる青森県りんご協会(会員七千人)の木村徳英会長(56)は「日本敗訴」のパネル裁定が繰り返されたことに「完全な言いがかりだ。自分たちの栽培環境を守るための規制はどの国だって当たり前にやっている」と憤る。実際、火傷病のないオーストラリアや韓国などでは、現在も米国やニュージーランドなどの発生国のリンゴ輸入を全面的に禁止している。

 木村氏は「毎年一、二カ国ずつ火傷病が広まっている。それだけに世界中のリンゴ産地は、ひどく神経質になっている。リンゴの輸出を拡大したい米国は、見せしめのために、あえて輸入を解禁した日本を狙い撃ちにしている」と憤る。

 米ニューヨーク州を訪れたときに、木村氏は遠目にも「火傷病」に感染しているとはっきり分かるリンゴ畑を見た。

 「あちこちに葉が焼けただれた木が散在していた。ぞっとする光景だった」

 さらに「米国のリンゴ生産の中心は西部の乾燥した地域で、火傷病はそれほど発生してはいない。だが、米東部以上に雨の多い日本では、病害は広まりやすい」とも。

 青森県のリンゴ農家は、海外からの病害と戦った“悪夢”をまだ忘れてはいない。戦後、それまで日本にはなかった「黒星病」が北海道で発生し、七〇年代に入って青森県に上陸した。

 弘前市のリンゴ農家の女性(72)は「すごくやられた人もあったよ。黒星ついたリンゴを土の中さ深く埋(い)けたの。実が、ならねがら。ほっとくと次さまた行きよはんで」と振り返る。

 ■バクテリア介在違う薬剤必要に

 リンゴの木を畑ごと焼いた農家もあった。現在では、国内でリンゴの二大病害の一つに数えられている。前出の木村氏は「戦後の混乱期に、札幌の米軍キャンプの生ごみから、菌が広がったという説もある」と話す。黒星病をはじめとする日本の病害はカビが原因だが、火傷病はバクテリアを介在する。防除にはこれまでの薬剤とは全く違う抗生物質が必要になる。

 県農業協同組合中央会の担当者は「火傷病が発生したら、被害は一、二億程度ではすまない。米国の薬剤が日本でも通用するかどうかという試験研究に一、二年はかかり、その間の所得も減る」と危ぐする。

 県りんご果樹課によると、生産者が市場に出すリンゴの価格は、八九年には一キロあたり平均百九十円だったのが、年々下がり、二〇〇一年産のリンゴは百三十一円と急落した。〇二年産も低迷気味という。

 木村氏は「長野県などは、リンゴじゃ食えないから巨峰や桃などに移っている。でも青森のリンゴ農家は、苦しくてもリンゴを手放さない。意地っぱりで作っている。津軽半島は寒冷地で台風の進路にあたり、自然条件は厳しい。長野県の方がずっとリンゴに適している。それでも技術を高め病害に打ち勝ち日本一の産地になった」と自負する。

 検疫基準の緩和は、そのまま農家の不安を膨らませる。ただ、関係者の多くは現時点では米国産リンゴは脅威ではないとみる。

 ■売れない米国産『おいしぐないもの』

 輸入解禁直後の九五年、米国の輸入リンゴは約八千トンに上った。だが、それ以降、米国産リンゴはほとんど入っていない。県りんご果樹課は「売れないからです。日本だと加工リンゴにしかならないような品質で、日本のマーケットにそっぽを向かれた」と説明する。前出のリンゴ農家の女性も「(米国産リンゴは)おいしぐないもの。自分たちのリンゴがおいしいと思ったはんでさ」と胸を張る。

 ただ、木村氏は「米国は品種更新が一時代分遅れている。いまだに栽培が楽なデリシャス系が主流だ」とした上で「国がきちんと自国の農作物をガードしなければ、外国産に取って代わられることもありうる。戦後、米国のダンピングで瀬戸内海を中心にした国産レモンは壊滅した。米国が今後、戦略的な“リンゴ包囲網”をつくってこないとは言い切れない」と警戒する。

 ■自国の農作物『なぜ国がガードしない』

 九〇年に輸入が自由化されたリンゴ果汁は、八九年に95%の自給率だったのが、現在では20%を切っているという。「最初は米国産だったが、今は中国産が中心になっている。国内のリンゴ農家はタダ同然で、リンゴ果汁を出すしかない状態だ」と話す。

 木村氏は、“外圧”に後手後手の対応しかとれない国の無防備さにいら立ちを募らせる。

 「そもそも国内の消費者が必要なリンゴは、国内に十分にある。それをなぜ輸入しなければならないのか。先進国はどこも農産物をガードして国民を守っている。農業を他の産業と一緒に貿易の俎上(そじょう)に載せているのは日本だけだ」


http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20030727/mng_____tokuho__000.shtml